2-30:一同、実験する

「……お前、筋がいいな」

「僕は元々多少なりとも理論立ててから魔術を使うので。あなた方の理論魔術ほどはないでしょうが、そちらの方が体力を温存できます。……やつは完全なる感覚派です」

「だろうな。お前を選んでおいてよかった」


 休憩も適宜入れながら半日ほどでザカライアの方は仕上がったらしい。資質はあったようで、二、三時間ほど基礎をこなした後には一切の失敗なく理論魔術を行った。まあ、元々理論魔術自体が「理論にさえ則れば初級者でも大魔術を行える」というところを最終目標の一つに掲げているところもある。それにしても、生徒としては非常に優秀な男だった。


「これ。道具屋の……エリザベスからだ」

「滴石ですか。かなり品がいいし、裁断面も美しい。……素晴らしい腕前のようですね」

「そうなのか。俺も気に入ったんだ」


 ラインハルトがザカライアへ滴石を手渡す。武器を振るう軍人の邪魔にならないようにと首から下げる形にしたらしい。二人とも心臓の近くに魔力溜まりがあるのも都合がよかったと言う。エリザベスは彼らの会話を聞こえないふりをしていた。


「さて。一度実際に行ってみるとしましょう。私の仮説では魔力量が規定に満ちると何かしらの契約が起動されるはず。では、お二方ともよろしくお願い致しますぞ」


 小さく首肯したラインハルトは剣を構える。肘には調整を終えた魔道具がつけてあった。剣を振るにも丁度邪魔にならない位置らしい。

 ラインハルトは集中の度合いを上げていく。己と、魔道具と、剣。その三つだけの世界を作り上げる。魔力溜まりから魔道具へ。からだの全ての魔力をそこに。己がやるのはこれと、励起した剣を実際に振るうまでのことだ。


「『――圧せよ、深化せよ。……三、四、五――』」


 ラインハルトの耳にザカライアの声が聞こえた。己の魔力は魔道具の辺りで滞留している。血の離れた同族の魔力を感じた。随分と血縁は遠くなったが、不思議と身によく馴染む。己に違和感がないのならばこの剣も受け入れるだろう。結局は両方ザイフリート家の者なのだ。


「十五、十六、と。……ザカライアくん、そこまでで。八割がたで止めておかないとここでは危険です」


 急造の魔力圧力計を眺めていたギデオンが口を開く。ザカライアは目で返事をした。圧力をかけたラインハルトの魔力はややもすれば制御を外れそうになる。それだけ膨らんでいた。ギデオンがそれを的確に把握して助け船を出してくれるのでなんとか手の内に収められている状態だ。


「ッ、『発散せよ』――」


 ラインハルトは全身の魔力がざわついたのを感じた。拡散の時が近づいているのだ。


(俺は、耐えられるか?)


 直感的に思った。まだ八割でこれだ。もし十全に準備が整ったとして、この肉体が耐え切れるだろうか。


(今は、考える時ではない)


 剣の柄を握りこむ。これに向けて、身の内で育ちきった魔力を送る。今はそれだけでいい。


「『解き放たれよ』」


 ザカライアの声を合図に、前腕の魔力経路を熱が駆け抜けていく。制御などは一切考えなかった。やったこともないからだ。できないことはいくらやっても無意味とラインハルトは知ってしまっている。無知な己にと、エリザベスが経路の強化術までやってくれた。


「――ッ」


 からだが空になった感覚。極度の集中状態を解くと、また文字に囲われていた。しかし前にこれを起動させた時より多い。


「これは! ザカライアくん、離れなさい!」


 学者のくせに声の通りがいいギデオンが叫んだ。肩越しに振り返るとふらりと倒れこんで行くザカライアが見えた。ギデオンが何やら魔術を展開していた。こちらとあちらを遮断しているようだ。


「アーサーくん!」

「わかりました! もう大丈夫です!」

「ラインハルトくん、それで十分でしょう!」


 ラインハルトは剣を降ろす。やはり文字は消えた。彼らはこれを読み解いたらしい。


「『ザイフリートの名に於いて契約を成す。我、神を弑する者』。そう書いてあります。契約者はザイフリートと……これはなんて読むんだろう、エ、エリ? ホ?」

「辞書に載ってないのか」

「はい、すいません……」


 『神を弑する者』。即ち神殺し。竜は神の力を持つ生物だった。おそらく、初代ザイフリートが倒したのもそうだったのだ。神の尖兵として人々の生活を脅かしたものを打ち倒した。

――これは、神に連なるものを斃す剣。

 ギデオンたちの読みは当たったようだ。


「ザカライアは」

「剣が励起していないので今は大丈夫でしょう。戦場では遠くに居ることになるので問題ないはず。これは幸いでしたな」


 ザカライアは神の力で命を支えられている。神殺しのこの大剣は容易に彼の生命を刈り取るものだ。ザカライアが望み続けたそのものであるといえよう。

 ザカライアは血の気が引いた顔をしていたがやがては立ち上がった。今は彼自身の体力が落ちているので神の祝福を打ち消そうとするこの契約の前に膝をついたのだろう。


「やれるな、ラインハルト」


 ザカライアの声は少し掠れていたが芯はあった。ラインハルトは深く頷く。

 ザカライアの瞳が暗く輝いていた。求めたものがここにあったと知ったからだ。ラインハルトは目を逸らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る