2-29:一同、準備をする

「ラインハルトの肘のあたりで魔力を圧縮していく。この辺りは魔力経路も単純だから見誤ることもないんでな」


 ラインハルトは向こうでエリザベスから施術を受けている。何やら腕に書き込まれているようだ。傷も多い軍人の皮膚に幾分手こずっているらしかった。


「あれは経路の強化術、らしい。エリザベスがおぞましい呪術の中でもさらに身の毛もよだつようなことをやる時に使うそうだ。……魔力経路が傷つくのは死ぬほど痛むからな」

「ちょっと、聞こえてるわよ。魔力経路に傷をつけるなんてアタシにかかれば朝飯前よ。体験会したいの?」

「すまん」


 ラインハルトの肘へ魔力を溜め込む性質のある魔道具を取り付け、そこに一旦彼の魔力を注ぎ込むのだという。そこへザカライアが圧力をかけ、一気に前腕を通して剣へ流し込むというのが今回の計画だった。

 同じザイフリートの血を引くザカライアの魔力を魔力塊として外へ出しラインハルトへ持たせて二人分の魔力とする案も出されたがこれは却下された。体調の優れないザカライアの魔力量が規定に満たないのと、他人の魔力を取り扱うのがかなり難しいからだ。それに、戦場はマナも魔力も不安定で何が起こるかわからない。確実な手が必要だった。


「俺は自分のからだの中で魔力の貯蓄とその圧縮をやろうとした。結果がこれだ。肉体の代謝で仕込んだものが崩壊して使い物にならなくなった」

「だから、今回は外付けで挑むというわけですか」

「その通りだ」


 魔力に魔力で圧力をかけるイメージは、包み込んで押し潰すようなものが近しい。手のひらでものを握りしめるような具合だ。しかし、この魔力の制御がかなり難しい。圧縮を掛けすぎると暴発するし、足りないのならば話にならない。


「魔力でマナへ働きかけようという場合の「魔術式」はある程度固定化できているのですがねえ、魔力で魔力に働きかける場合のそれははっきり言って理論魔術では未踏領域です。ローレンソンくんやエリザベスくんの方が専門家ですな」


 ギデオンは何やら魔道具の調節を行なっていた。ラインハルトの魔力を溜めるとかいうものだろう。高価な道具に見える。


「ザカライアが知るべきなのは臨界点だな。限界まで魔力を圧縮した際のその感覚。まあしばらくは実験を繰り返すというわけだ。俺の記録を提出してはいるが、圧縮量が微少すぎて大して参考にならん」


 仮説を立てて、ひたすらそれの検証をしていく。案外と理論魔術の研究は地味で地道なものだ。ユディアが持ちかけてくる結界や攻撃魔術の理論研究が多少派手なだけで、実際はこういうものの方が多いくらいだ。


「さて。座学は一旦これまでだ。これから実験と実践に入る。……からだはどうだ、やれそうか」

「お気遣いなさらず。……死にはしないので」


 ザカライアはこういうもの言いこそするが、その目が使命を帯びて鋭く光っているのを感じる。エイベルにとっては好ましい手合いだった。




「あちらはもう実験入ったみたいですねえ。すごいなー、ザカライアさん。軍人さんだから理論魔術の飲み込み早いのかな」


 ユディアと文献に当たりながらもアーサーはギデオンたちの講義に耳を傾けていた。影では魔術マニアとまで呼ばれるアーサーは知見を深めていくことに余念がない。それでいてしっかり文献の要所は押さえるのだから実はなかなか捨てたものではない能力を持っている。


「彼は要領いいからね。確かに軍人らしく合理的でもあるよ。軍部はもともとそんなに理論魔術を嫌ってないから」


 軍部と理論魔術が相性がいいのはいくらかギデオンの構築した「魔術式」が戦闘に使われているのでわかる。昔の戦争はもっと泥沼と化していたというようにも歴史書に書いてあった。


「――ほら、あんたたちそこあけなさい」

「あ、エリスさんお疲れ様です」


 ラインハルトへの施術を終えたエリザベスが彼を伴ってやってきた。どうやらまだやることはあるらしい。ナイフを片手に持っていた。


「えっ、そのナイフでこれまで何か……?」

「まだ人の血は吸わせてないわよ」

「あーよかった血に濡れた怨念のナイフかと」

「第一号はあんたにするわよアーサー」

「大変申し訳ございませんでした」


 このナイフは石を切るものだという。女の手にもちょうどいいほどの大きさだが、魔術がかけてあってよく切れるらしい。なかなか珍しい品だと言う。本業が道具屋とはいえ、エリザベスもよく集めたものだ。


「切るのはこれ。『滴石』って言うの」

「わあ、綺麗」


 ユディアが目を輝かせる。エリザベスが机に置いたのは丸い石だった。大きなものから切り出して、研磨されたものがここにあると言う。


「元は一つだった大地が二つに割れて、長い時をかけてまた一に戻ったのを表す石なの。上からポタポタ垂れて下に降り積もってできるの、これ。一を二にし、二を一にする石……でも、決してネガティヴなイメージではないの。意味あって分かれたものでもいずれはまた引き合うことができる、そう言う感じね」

「旅に出る人への贈り物とかによさそうだね」

「そうね、そう言ってお求めになる人が多かったわ。一つ買って、こうやって二つに分けるの」


 エリザベスはナイフで滴石を切り分けた。真ん中からちょうど、半分。一は二となった。


「片方は自分、残りは相手へ。……実はこの石ね、多少遠くに居るくらいなら割っても繋がってるの。魔力を届かせる助けになるわけ」

「あー、今回ラインハルトさんが前線でザカライアさんは後方ですもんね。考えましたねえ」

「そうなの。アタシが博士に進言させてもらいました。……アタシ、二つに分けるの得意だし」

「……あっ、ハイ」


 エリザベスは割れた断面も綺麗に磨き上げている。ラインハルトはじっとそれを見つめていた。


「……その石、この戦いが終わった後そのまま譲ってもらえないだろうか」

「あら、気に入ったの? 別に構わないけど。お代は国庫から頂くから」

「ありがとう」


 ラインハルトがそっと笑う。エリザベスはそれを見て顔を引きつらせた。


「ちょっとやめてよその微笑み。これだから自覚のない男は」

「エリスさん、ラインハルトさん困惑してますから、ね? ね?」


 アーサーが慌てて取りなす。このまま放っておくと作戦の中核人物を呪いかねない。

 ラインハルトはよくわかっていない顔ではあったが、さまざまな感情の混ざりこんだ目で滴石に目を落としていた。

 一を二に、二を一に。ラインハルトは胸中で唱えた。



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