2-28:ギデオン、計画をまとめる
「計画はこうです。ラインハルトくんが剣を持ち、ザカライアくんが彼の魔力を倍に至るまで高めます。私は適宜サポートを。いちいち動かす魔力の量が膨大になりますからな、軌道修正やフィードバックの緩和などを行う予定です」
「アタシが準備した魔道具を持っていってもらうわ。今回は試行回数が少ない難しいことを確実に成功させなきゃならないから。数値の調整は博士の助言を頂いてもう始めているの」
ギデオンの説明の後に、エリザベスも続いた。アーサーは細かくメモを取り、エイベルはそれを横で眺めていた。
「俺は何を?」
「ラインハルトくんは竜の動きに、そしてこれを倒すことだけに集中してください。君が斃れては話になりませんからな」
「わかった」
ヴェルゲニア国の軍人はごく基本的な魔術しか使いこなせないのをギデオンはよく知っている。とりわけラインハルトが無知なのもこの短時間で見抜いていた。彼は武器に魔力を通すことと魔弾を放つくらいのことしかできないだろう。磨けば光りそうな逸材ではあるがまだその時ではない。
「ザカライアくんは今すぐに理論の説明に入りましょう。もう少し君の回復を待つ必要はありますから座学から入ることにします」
「……僕のことは、あまり気にかけずに。死ぬことはないので」
ザカライアはユディアの治療で半身を起こしておけるくらいにはなっていた。後は虚勢と意地で誤魔化し続けるしかない。
ギデオンの見立てではザカライアへの教導はさほど掛からないと見ている。今は熱で少し焦点が定まっていないが彼の瞳には理知の輝きがある。かなりの才子とも聞いていた。
「話、まとまったんだな? だったら俺は前線に戻ろうと思う。ここでの次第を伝えてくる。前線とも連携取らなきゃならなくなるだろうしな」
ブルーノが言った。ユディアは少し不安そうな影を見せたが、やがてそれも呑み込んでしまった。戦場に実際立てないのならばせめて足を引っ張ることだけはしてはならない。守られる立場なのは強く自覚している。
「リュカ、ンな不安そうな顔すんな。俺はそうそう死なねえからよ」
「……知ってる。怪我もダメだから。怪我したらすっごく痛い消毒薬塗る。エリスにもらうから」
「はは! 痛いのはやめてくれよな!」
ブルーノはユディアの髪をぐしゃぐしゃにして、それから出ていった。ユディアはしばらく頭をそのままにしていた。
「……では、各々戻りましょう。エリザベスくんはラインハルトくんに合わせて道具の調整を始めてください。ローレンソンくんは私とザカライアくんへ指導を行います」
「わたしはアーサーとまだ何か出てこないか調べるね」
「はい、よろしくお願いいたしますぞ、王女」
各人机を分けて散っていく。エリザベスは最後まで呼吸を整えてから肩を怒らせてラインハルトの側へ歩いていった。
「よろしくお願いいたします、お二方とも」
「お前が口を開くのは最小限に留めていろ。体調が最悪なのは見てわかる。俺もだいたいはそうだからな」
席を立ちかけたザカライアを引き止め、エイベルはそのように言っておいた。折り目正しい青年なのは病床にあってもよく整えてある見た目からわかる。神経質でもあるのだろう。
「理論魔術については何か聞いたことが? ……一応、知らない前提でお話をしておきましょう。これは文字通り、魔術を理論で理解して行使しようと言うもの。如何なる状況でも如何なる使い手でも同じ魔術を再現できることを一番の強みとするでしょう」
ザカライアは小さく顎を引いて返事の代わりにした。
「君のご実家にあった剣ですが、今の我々にはわからないことが多かった。探っている時間もありませんから仕方がないので、今回はこれは定数として扱います。幸いにして挙動は決まっているようでしたから」
剣は魔力を――ザイフリートの子孫の魔力にしか反応を見せなかったと聞く――注ぎ込むことで励起する。錆の失せた実物を見て、ザカライアもこれが蘇ったのだとすぐにわかった。
「魔力は剣へ彫り込まれた経路を渡っていきます。これについては、魔力を剣全体へ行きわたらせるものというよりは魔力を別のエネルギーへ変換するためのものと捉える方が正確とわかりました。素材自体が大変に魔力を通すものというのも判明しましたからな。……魔力の一切の喪失もなく、錬金術へと変換する――現在過去を覗いても脅威の技術と呼ぶほかありませんが」
話を次にやりかけたギデオンへ向かってザカライアは片手を挙げてみせる。挙手して質問を行うなど学生の時以来だ。
「何故、錬金術なのでしょう。ヴェルゲニア式の魔術では不都合が?」
「……この剣の本質は「斬る」ことではなく「分解」にあるのだと我々は考えています。竜の鱗を力づくで徹すよりも何らかの手段で分解してしまった方が確実。硬い鎧の敵を倒そうとする時は鎧の上から刃を通そうとするよりは鎧を外すことを考えた方が早いとは思いませんか」
「なるほど」
ギデオンはさらに続ける。錬金術に対する適性はさっぱりないのだが、その理論は知っている。エレメントによる物体の「構築」、そして構築物を「分解」してエレメントへ戻すことを成して始めて理論が成立するのが錬金術だ。
「錬金術は「分解」に必要なエネルギー、我々にとっては魔力ですな。それが随分小さくて済みます。マナは万物の素ではありますが、変換にかなりの力を必要とします。同じ力であれば錬金術を用いた方が効率がいいのです」
この剣の特筆すべき点はヴェルゲニア式魔術と錬金術を合わせた性能を持つということだけではない。神の祝福に対抗する可能性を秘めているところだ。
「おそらく、この剣が最もエネルギーを必要とするのが神の祝福を打ち破る何らかの契約を呼び出すことでしょう。ラインハルトくんの全力を以ってしても半分しか励起しなかった。……そこで、こうして病床の君を呼び出したわけです」
「事の次第はわかりました。……僕がやるのは、ラインハルトの魔力の増幅、ということですか」
「その通り」
意識が朦朧としていたといえ、ユディアから先に聞いておいたことが多かったのですんなりと話は進んだ。
ギデオンに代わって、今度はエイベルが話を始める。
「ラインハルトの魔力溜まりと魔力経路をユディア王女に見てもらった。博士ほどではないが、実に理想的な、標本にしたいくらいのものだった」
偏って魔力が溜まった魔力溜まりはなく、経路も全て正常。さらに、自覚はなくともラインハルトは正しく魔術を使う人間だった。外部から働きかけても魔術の行使を誤ったりはしないだろう。
「ラインハルトは全身に点在する魔力溜まりから体内の経路を通じて剣一点へ魔力を注ぎ込んだ。……お前にやってもらうのは、魔力が経路にある間にこれを必要量まで増幅させることだ」
増幅式については実際に軍で採用されているのでザカライアも知るところである。しかし、あれは主には魔弾の強化に使われるものだ。マナを魔力で固めて飛ばす魔弾は、マナ量が多ければ多いほど威力を増す。増幅式がやるのはわずかな魔力で多くのマナに働きかけられるようにすることだ。直接魔力量を増やすものではない。
「――お前たち凡人は知らないだろうが、俺たちに備わった魔力は圧力をかけると爆発的に膨らむ性質がある。これがなかなか凄まじい反応でな。俺のように元々の体内魔力がごく少ない人間であれば多少魔術が使えるようになるだけだが、ラインハルトは並以上だ。十分に圧力があれば必要量にも届く」
これはエイベルがからだを張って見つけた理論だ。今のところは使い道がない。魔力へ圧力をかける発想が誰にもなかったし、その必要もなかったからだ。
「あまり簡単なことではない。頼むぞ」
「……ええ」
ザカライアは涼しい顔で返事をした。
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