2-27:エイベル、検討する
「今日は安定してるが、俺は面倒な体質でな。時間がないからこの際それはどうでもいい。俺がやらかしたのは体内魔力を増やす研究だったんだ」
「……ローレンソンくんは元々体内魔力が微少過ぎて魔術を扱えなかった人物です。目論見自体は成功はしているのですが」
「一応成功、だな。後を考えるととてもうまくいったとは言えない。……博士、俺のことは失敗作と言ってくれていいんだ」
エイベルに何かあったのはラインハルトやブルーノにもわかった。これ以上を語らないのならばこの場には必要ないのだろうと軍人らしく割り切る。とにかく、何か目算があると知れればそれでいい。
「それで、どうする」
「お前の魔力の出力を二倍にする。「魔術式」の基礎は俺のからだに刻み込んであるからすぐに取り掛かろう。……問題はその「魔術式」をどうするかだ」
エイベルの失敗はこれを己の肉体へ刻んだことだ。肉体の代謝で歪んだ「魔術式」が今になってもまだ彼を苦しめている。同じ失敗を他人で繰り返すわけにはいかない。
「外部から操作するのは? ものすごく操作が繊細になっちゃうし魔力の相性とかもあるけど」
意見を出したのはユディアだった。エイベルの「魔術式」を理解し、さらに実際に彼の体内魔力の流れまでも知っている彼女の意見であればとりあえずやってみる価値はあるだろう。
「誰が操作するんだ? お前を前線に出すなんてできねえからな」
ブルーノが慌ててユディアを諌める。魔術についてはさっぱりわからないが、彼女が腕のいい魔術師の顔を持っているのくらいは知っている。しかも、ギデオンの唱える理論魔術に対して相当に造詣が深い。だがこんな十代半ばの非力な少女を戦場に放り出すことなど到底考えられなかった。
「わかってるよ、心配性だなあブルーノは。わたしから推薦するのはザカライア。彼、相当魔術のコントロールうまいんだ。それに、ラインハルトと血筋が同じだから魔力も似てる」
「ほう。好都合だ」
ユディアの言を受けてエイベルが頷く。ここの軍人たちの戦いぶりなど知らないが、決闘を盗み見たユディアがそのように言うのであれば信用していていいだろう。問題は、ザカライアが動ける状態になっているかどうかだ。
「……わたし、ザカライアをみてくる。今まで出た話も伝えなきゃいけないし」
「俺も行くぜ」
ブルーノが同行を申し入れたが、ユディアは首を横に振ってそれを拒否した。
「ザカライアは今の姿を誰にも見られたくないだろうし。わたしはもう色々見えちゃってるから気にしても無駄だって言えるから」
「つったってなあ」
「大丈夫」
ユディアはふらりと部屋を出た。ザカライアは自室で横になっているだろう。日当たりのいい部屋を割り振ってやった覚えがある。
扉を叩いて訪いを入れたが、返事はなかった。有事だし、と適当に胸中で言い訳をしてユディアは扉を開けた。ザカライアはベッドで寝ていた。近寄っていくとさすがに気がついたのか瞼が開いた。薄い色の瞳がこちらを見てくる。
「ユディア、さま」
「寝たままでいいよ。からだの中ぐちゃぐちゃなのわかってるから」
ザカライアの肉体は殆ど死んでいた。唯一神の力だけが根を張って彼の生命活動を支えている。
「大分無理しちゃったね。……でも、それを押してお願いしたいことがあるの。聞いてくれる?」
「王女さまの、ご随意に」
ユディアはギデオンたちが導き出した剣の次第について話した。ザカライアは目を閉じていたがちゃんと聞いてはいたようで、時々質問を投げかけてきた。掠れた細い声だったが、人間が二人しかいないのでなんとか聞き取れる。
「……それで、ザカライアはどうかなって。っていうか君じゃないと無理。魔術統制能力も、質が似てるって話もあるからね」
「わかり、ました」
ザカライアはあっさりと承知してみせた。軍人らしい判断だ、とユディアは思う。ブルーノもこういうものの考え方をする。最短で、単純で、より多くの利益のために。ザカライアは自身の命を敢えて計算から外している。現にこうしてほとんど死んだ状態でいるのにだ。
「統制訓練、は、いつから」
「早ければ早いほどいいけど。……まずは起き上がれるようにならなきゃ」
「お気遣い、なさらずに。竜殺しに潰えるならば、我が身は、惜しくない」
「壮絶に苦しいと思うけど。……ザカライア、死ねないんだから」
「死んだ時、清々する、でしょうね」
ふっとザカライアが笑った。ユディアは目を伏せた。
ベッドに投げ出されていた軍人の手を取る。この職業に就いている人間にしては華奢だが、関節が太くて細かい傷や肉刺は山ほどあった。ブルーノも同じ手をしている。
高熱が出ていても指先は冷え切っていた。母親の臨終を思い出す。怪我人はともかく、病人を見ているのは苦手だった。病みやつれた母の面影を浮かべてしまう。
「……おまじない、なんて。ぐちゃぐちゃなのちょっと整理しといたから。もう少し寝たら、少しは良くなるよ」
「感謝します、王女」
「博士のマネっこ。……働いてよね? なあんて」
少しからだが楽になったのか、ザカライアは吸い込まれるように意識を落とした。ユディアはそれを見て部屋を出る。
「ただいま。ザカライア、やるって」
「……わかった」
エイベルが頷く。それから、また「魔術式」の構築へ戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます