2-24:アーサー、錬金術を語る


「……錬金術?」


おうむ返しにラインハルトは尋ねた。うっすら聞き覚えがないこともないが、ヴェルゲニア式魔術しか身についていない己に使えるものでないのは確かだ。しかもそのヴェルゲニア式魔術も「なんとなく」でしか使えていない。


「ラインハルトさん、もしかして錬金術使えたりとか……」

「そのような事実はない。俺は難しいことは何もできない」


やはりアーサーも錬金術が使えるか尋ねてきた。ラインハルトが否定すると彼も首を傾げている。


「いや、でも、確かにこれ……エレメントだった……」

「何それ。……ひょっとして、さっきチラッと見えた見慣れないやつかな」


ユディアの人外の視界にも何か見慣れないものが映ったと言う。ギデオンはさっきから黙ったままだった。


「錬金術はアルキドクセンで使われてるんです。って言うか、アルキドクセンじゃないと使えない。しかもこれ、分解の方向性だったし……」


アーサーが何やらブツブツ始めてしまった。全員が顔を見合わせる。錬金術に関して一番知識があるのがアーサーのようだ。彼が何かまとめるまで待った方がいいかもしれない。


「ねえ博士、錬金術って何?」


アーサーはしばらく使えないと判断したユディアはギデオンへ尋ねる。珍しく彼が黙ったままなのが少し気になる。


「……錬金術は、先ほども言われたように西国アルキドクセンのものです。ヴェルゲニア式の魔術とは大きく機構の異なるもので。……ええ、はい」

「博士? 大丈夫なのか、さっきからなんだか様子が……」


エイベルもおろおろしている。黙り込むギデオンなぞ誰も見たことがない。彼からは何も聞けそうになかったので、仕方なくユディアは自身の部屋の中の本から情報を探すことにした。

探し物は軍事記録の中に現れた。仮想敵国の一つであるアルキドクセンに対しての研究の一環ということであった。


「えーっと。錬金術は「火気水土」の四種のエレメントのうち二つから三つを組み合わせて何事か行うものである、だって。エレメントに対してはそれぞれ適性があり、一定の適性に満たないものは扱うことができない……」

「――イメージとしては料理なんです。材料を組み合わせて一品作るって、そういう感じの」


途中からは現実に戻ってきたアーサーが引き受けた。彼の料理好きの根源は錬金術入門の講義だったと聞く。


「マナに魔力で働きかけて魔術を行うヴェルゲニア式魔術とはまた別の系統の魔術なんです。四つのエレメントで事をなすアルキドクセン式魔術――アルキドクセン人はこれを錬金術と呼んでます。……僕、錬金術にも多少適性があったんです。ほんとちょっとですけど。いやあ、勉強ってしとくもんですね!」


アーサーはニコニコとそこまで喋り切って、そしてギデオンを見て声を詰まらせた。思い切り顔が引きつっている。


「……博士は、その。マナを用いるヴェルゲニア式魔術に対する適性がズバ抜け過ぎてて錬金術に対する適性はまっっっったくないんですね……ハイ。博士はエレメントを感じ取ることが一切できなくって」

「……拗ねちゃったわけね」


エリザベスが後を引き取る。「わからない」ということはギデオンにとって一番の屈辱だ。適性などという努力でどうにもならない天性のものであっても彼には悔しくて仕方がない。


「いや、でも。謎が深まっちゃいました。この剣、やっぱりおかしいっていうか、無茶っていうか。凄すぎるんです」

「……魔力を用いて錬金術を行う、本来不可能なことですからな」


ようやく衝撃とショックが抜けて立ち直れそうになったらしいギデオンがおもむろに口を開く。


「錬金術には生得魔力は一切必要がありません。アルキドクセン人は生得魔力を持っていませんしな。それなのに、この剣は魔力を吹き込むことで励起し、斬ったものを錬金術式に分解した……。はっきり言って、あり得ません」

「しかし、現にこうして俺が握っているわけだ」

「ええ。なので、認めるしかないでしょう。大変屈辱ですが。ええ、わからない、と」


ギデオンは剣を睨め付けている。時があればもっと詳しく機構を探ることもしたが、今は有事だ。悔しさ、好奇心とヴェルゲニア国を天秤にかけてなんとかヴェルゲニア国の方へ皿を傾けている。


「……いずれ、この雪辱は果たします。今はこの剣を「そういうもの」として扱いましょう。……もっと、この剣を知りましょう」


知ることがギデオンにとって――否、今このヴェルゲニア国を脅かす邪竜に対する一番の攻撃となる。ギデオンはなんとか気をとりなおした。


「……さて。ラインハルトくん、先ほどはどれくらいの感覚で剣を使いましたか?」

「ほんの少しのつもりだった。魔力も大して送り込んでいない」

「でしょうなあ。竜がいかほどの大きさなのかは私は知りませんが、どうでしょう、先ほどの感覚は竜を倒せそうなものでしたか?」

「いや、足りない。奴の鱗は恐ろしく硬かった。……それに、神の祝福は? あれはどうすればいい」


ラインハルトの言う通りである。硬きものを通す刃はいずれ見つかるかもしれない。しかし、神の祝福による守りが盤石なのは彼が一番知ることだ。


「今はこの剣にその力があると信じるしかありませんな。……ラインハルトくん、君の全力をこの剣に注ぎ込んで頂きたい。ユディア王女、開けた場所をお教え願えますか」

「うん。ブルーノ、稽古場案内してあげて」

「おう」


ぞろぞろと移動が始まる。人が居なくなったあとの部屋には本や書き物が散乱していた。戦場の幕のようだ。前線からは程遠いここも、一種の戦場であるということだろう。

 稽古場は離れの方にある。ラインハルトを中心に、全員が思い思いの場所へ陣取った。


「……離れていてくれ。何か起こった時に制御できるかわからない」

「ここで一番強いのお前なんだから勘弁してくれよ。ザカライアを叩き起こさなくちゃならなくなるぜ」

「それは、困るな。寝ていて欲しい」


軍人同士の気軽なやり取りを経て、ブルーノはラインハルトの肩を叩いた。珍しく緊張しているように見えたからだ。


「では。お願いします」


ラインハルトは小さく首肯した。


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