2-23:ラインハルト、剣を試す

「……ザカライア、少し休んできなよ。剣については全然情報ないんだし、大丈夫だよ。なんか今にも死んじゃいそう」

「そう、させて頂きます。後の大事も控えているでしょうし」


 多少ごねるかと思いきや、ザカライアはあっさりと引き下がった。ユディアへ一礼して去っていくのをラインハルトが目で追っている。


「ラインハルトは居てよね。ここインドアばっからだから腕力皆無なの。ブルーノは脳筋っぽいから壊しちゃいそうだし」

「わかった」

「おいおいリュカ、ラインハルトも結構脳筋気味なんだぞ」


 ラインハルトはぞろぞろと剣を見に来た人々の顔を眺める。

 まずはユディア。言わずと知れたラインハルトの雇い主だ。頭がいい。

この部屋で一番容積を取っている大男がブルーノ。彼の伝令のお陰でここに人が集っている。頭のレベルは己と同じほどらしい。親近感がある。彼は己のような不愛想な男にも初対面の時からよくしてくれている。ラインハルトもブルーノにはかなり気を許していた。

 品のいい髭を生やした壮年の男がギデオン。ユディアが彼のことを深く信頼しているのがわかる。頭は良さそうだ。

 若い男は二人。健康そうで、金髪に緑目と典型的なヴェルゲニア人の容姿をしたのがアーサー。不健康そうで白髪の多い痩せた男がエイベル。やはり頭がいいらしい。

 新しい顔がエリザベス。魔道具と呪術の専門家という。美醜に疎い己でも彼女が美しいのがわかる。が、どうにも暗い。ザカライアと似た目の暗さがある。こちらを目の敵にしている。


「ふーむ。見た目は普通に剣、ですなあ。私は武器は最低限しか知りませんが」

「大きい剣ですねえ。やっぱり竜を斬るってなるとこれくらい重さとかないとダメなんですかね」


 ギデオンはアーサーに大きさを計らせている。その横ではエイベルがスケッチしていた。ラインハルトから見れば錆びついたゴミ一歩手前の剣だが、彼らには興味深い研究対象なのだ。


「エリザベスくん、何か気づくことはありますか?」

「うーんそうねえ。……とにかく、相当に古いものというのは確かだと思いますわ。専門家の方々の方が詳しいとは思うけど、この剣の柄なんかの形は随分昔のもののはず。儀礼用の短剣に似たようなものがあったような」

「ほうほう。……剣や何かの図鑑などはありますかねえ。今は何でも知りたい時だ。図鑑から似たものを探し出せればある程度この剣の生まれた時代くらいはわかりそうなもの」

「そこを頼りに調べをさらに進められればいい訳だしな。博士、俺が行こう。行くぞ筋肉ダルマ」

「雑だな!」


 エイベルがブルーノを連れて机を離れる。まずはユディアの部屋を探して、それから外の資料室を当たりにいくらしい。

 ユディアはまたヴォータン・ザイフリートの昔話を見ているようだ。様々な地方や国に伝わるものを集め始めている。王族だからこそできる資料の扱いだ。ラインハルトは上の方の本を取るのを手伝わされた。


「あら。この剣、魔力経路がありますわ博士」


 顔を近づけてじっと剣を眺めていたエリザベスがギデオンを呼ぶ。


「魔力経路ですか。魔力を通して剣を強化しようとしたのですね。こんなに古い時代から考えることは変わらないものなのですねえ」


 現在使われている剣は魔力をよく通す金属を使って作られている。軍部に入ってまず習うのが剣の魔力エンチャントだ。魔力を纏わせることで、剣は靭くなる。


「……古い時代は素材については考えられていなかったらしいな。思いつきもしなかったんだろう。それで、その辺の鉄に細く溝を掘り、魔力をよく通す別のものを塗りつけたらしい」


 目当ての図鑑を見つけてきたエイベルはさっそくそれへ目を通している。すぐに目的のページも見つかっていたようだ。スケッチした柄の形を見比べてみている。


「……本当に古代の遺物だ。錆びついているとはいえ、ここまで生き残っただけあると本当に英雄の武器と信じてみたくもなるな」

「あれっ? 待ってください。この剣、柄の形とかは古代のものなんですよね」


 メモをずっと取っていたアーサーが声を上げる。エイベルは頷いてみせた。


「僕、大学時代に魔道具史入門も取りましたけど、その時に魔力エンチャントの考えが広まったのは中世ごろって聞きましたよ。それこそさっきの魔力経路を彫りつけるやり方なんかも発見は中世です。古代にそんな技術はないはず」


 たしかに、剣には繊細な溝が掘りつけられている。それこそ現代の技術にも匹敵する緻密さだ。錆で埋まっていくらか潰れてしまっているがそれでもその技術の高さはわかる。


「時代錯誤遺物ですよこれ。うわー、考古の友達に見せたらめちゃくちゃ喜ぶか白目剥いて泡吹きながら倒れていきますよ」


 中世代に古代の遺物を模して作られたもの、という話も出てきたがそれは否定された。素材が古すぎるのだ。それに、中世にはすでにザイフリートの子孫たちの情報がはっきりと残っており、この剣は先祖から受け継がれたものとされている。明らかに中世代より前のものだった。


「……まあ、この際鋳造の時代自体はどうでもいいことです。課題はこれが実際に使えるかどうか、そして竜を倒せるだけのものであるかどうかを検証することですから」


 明らかに気になっているようだが今は急ぎだ。一応戦場を経験したことのあるギデオンにはそれくらいの感覚はある。


「魔力が通せるとわかったのならば、早速やってみましょう。ラインハルトくん、頼みます」

「わかった」


 やや暇を持て余していたラインハルトは少しホッとした顔でやってくる。腕に魔力を回し、剣を手に取った。


「この経路を通せばいいのか」

「ええ、そのようにお願いいたします」


 全員の目が向いている。ユディアの目には剣にゆっくりと魔力が満ちていくのが見えた。


「あー、こいつでも試し切りしてみるか?」


 ブルーノが椅子を差し出す。ユディアが何か言いかけたがやめた。


「……では」


 ラインハルトが剣を振りかぶる。空を切った刃は過たずに椅子へ落ちていく。――刹那。


「くっ、」

「うわぁあ!」

「何!」


 辺りが光に包まれた。一瞬のことではあったが、これを予想していなかった面々は狼狽えた。


「い、椅子が……」


 椅子は奇妙にバラバラになっていた。ラインハルトがやったのは剣をまっすぐ振り下ろすだけのことである。自身の経験上、こんな風に切れることはなかったように覚えている。


「ユディア王女、何か見えましたか?」

「全然わかんない……。光って、バラバラになったってしか」


 ユディアもすっかり首を傾げてしまっている。ギデオンにも何もわからなかった。ラインハルトも魔力を纏わせる以外のことは特にしていないという。


「背もたれをほんの少し斬るような感覚だった。……給料から天引きか?」

「ブルーノの給料からもらうから。……ほんとにバラバラになっちゃった。これ多分背もたれで、あれが脚なんだよね」


 ユディアは椅子だったものの残骸をためすがめつ眺めている。


「こ、これ――」


 口を開いたのはアーサーだった。先程受けた衝撃がようやく抜けたというところだろうか。顔は驚きに満ち、瞳孔もやや開いている。


「これ……錬金術ですよ」


 ギデオンの手からばさりと本が落ちた。


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