2-21:ブルーノ、ひらめく
初代ザイフリートが行なったとされる邪竜殺しの真偽。ザイフリートの子孫を目の前にとても言い放てるようなことではないが、エイベルはこれを気にするような人柄ではない。今日の彼はアーサーと年の頃の変わらなさそうな青年の姿をしていた。
「話を聞いているに、とても殺せるような生物には思えない。死なない生物は居ないにしても殺せない生物は居るかもしれないだろう」
「貴様、ザイフリートを貶すつもりか」
「竜殺しの話の前後がないのも不自然だ。昔話になるような話だとしてもな。人間ひとりの生きた証がそれしかないのはおかしいと思わないか?」
ザカライアがエイベルを睨め付ける。途端に緊迫した空気が流れた。
その実、ザイフリートの名に拘りがあるのはザカライアの方だ。かつての英雄に恥じぬようこれまで生きてきた。自身の想いについてこないからだを疎ましく感じながらも、時には自らの首を絞めるようなことまでやった。懸命にやってきたつもりだった。しかし、それも神の祝福を受けてのことだった。結局は丁寧に均された道を行っていただけのことと知って己に酷く落胆した。だがそれも己に対してだけのことだ。初代ザイフリートに抱く憧憬と敬服は変わらない。
「待て待て、煽るんじゃない」
一触即発の二人に割って入ったのはブルーノだ。豪胆な性格はこういう時にものをいう。しかしこれで黙るエイベルではない。
「神の力というのもなんだ? オーレリウスがあるから存在自体は否定できない。だがそれだけだ。俺なんかは普段からさっぱり影響なんて感じない」
さらにエイベルが言い募る。ザカライアは唇を引き結んだ。己への祝福を恥と感じている彼にとっては容易に口に出せる話題ではない。黙りこくったザカライアに代わったのはユディアだった。
「神の力は神の力だよ。万能の力。そこのザカライアも神の祝福で生かされてる人間なんだ。……彼は本当は死んで産まれる子供だった。その運命を捻じ曲げたんだって」
「……殺せない生き物が居るとすれば、僕がまさしくそうだ。自死すら選べませんが」
ユディアはごめんね、とザカライアへ向けて目で謝る。自身の生すら恥と思う彼にとっては酷だろう。
「ザカライアを殺そうとするとからだが重くなる。それから武器も折れる。残らずだ。竜に挑んでも同じだった。俺の刃は不自然に砕かれた」
ラインハルトが後を受けて口を開く。実際にそれを目の当たりにしていたブルーノも首肯した。
「俺は忍び込んで決闘も見ちまったんだけどよ、剣やら槍やらがどこにも触れねえのに砕けちまうんだ。竜の時もそうだった。鱗なんてねえ目玉を狙ったはずなのに、剣はぶっ壊れちまった」
「なんと」
これにはさしものギデオンやエイベルも閉口した。ユディアまでもが口を揃えて神の力とやらを語っている。彼女の人外の視界は人には見えないものまで捉える。ユディアの言に偽りはないのだろう。
「今度は俺からな」
ようやく落ち着いた雰囲気になる。今度はブルーノが手を挙げた。
「ザカライア、俺は散々弟たちにお前らの先祖のお話を読んでやったから頭に入ってるんだけどよ。……不思議な鍛冶屋の作った剣と盾。そいつは、なんなんだ?」
「……!」
ザカライアは思い当たるものがあるらしい。常に険しく寄せられた眉間が少し緩んだ。
「ブルーノ、博士たちにもお話聞かせてあげてよ。たぶん忘れてるだろうし」
「俺でいいのかよ。……えーっと。『昔々ある所に人々を苦しめる悪い竜がいました。竜はどんな山よりも大きく、口から火を吹いてどんなものも燃やしてしまいます。困った人々は、国で一番力の強い男に竜の退治をお願いします。男は不思議な鍛冶師が特別に作った剣と盾を持って勇敢に戦います。そして三日三晩戦い続け、ついには竜の首を切り落としました。悪い竜がいなくなったあと、人々は幸せに暮らしましたとさ』。ほら、剣と盾があるだろ?」
全員の目がザカライアを向く。
「……家督の、証として。剣なら見たことがあります。父が持っているはずです」
「きっとそいつだ!」
「しかし、錆びついた剣です。斬れるかどうか。それに何かいわくがあると聞いたこともない」
ラインハルトの方は何も知らないようだ。盾の方はザカライアもわからないと言った。
「手がかりが何もないよりマシでしょう。ザカライアくん、それは持ち出せますか」
「……なんとかしてみせます」
ひとまずの話はまとまった。ザカライアはすぐに部屋を出て行った。他は残って調べを進めるという。
「…………」
ラインハルトはザカライアが出て行った扉を眺めている。知恵持つ人々が額を寄せあって議論をしているところに無知な己は必要ないだろう。そう断じて、ラインハルトは気配を消して部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます