2-19:ギデオン、東の砦へ征く

 アーサーは何かが窓の外をふわふわ浮いているのを見つけた。半透明で、鳥の形をしている。足には手紙をぶら下げていた。


「何だ、これ」


 なんらかの魔術であるのは間違いない。魔力の塊だったからだ。手紙の宛名はギデオンだ。恐る恐る手紙を手に取ると、鳥は空気に溶けていった。


「博士、ユディア王女からですよ」

「おや。これは珍しいですなあ、消印なしの手紙とは」


 ギデオンは早速中身を改めている。アーサーは先ほどの鳥が気になったままだった。


「先ほどのはユディア王女が考案した魔術ですな。彼女の魔力で作り出された物体を目的の座標まで飛ばすものです。道中のエネルギーは大気中の微小な残留魔力などを取り入れていくそうで」

「へーっ!」

「非常に便利で優れた魔術なのですが、現時点ではユディア王女にしか使えないものです。生粋のヴェルゲニア人には大気中の僅かな魔力など検出できませんからな」


 生粋の。アーサーにはその言葉が引っかかる。そう言えばユディアもそのようなことを言っていた気もする。じっとギデオンの方を見ていると、彼は少しため息をついた。


「あまり私の口から言うべきことではないのでしょうが。……ユディア王女には人間の血は半分しか流れていないのです。彼女の母上は、妖精族だったと」

「妖精」


 妖精は東国クロ・ラフィルに棲息する生き物だ。詳しいことはわかっていない。強い魔力を持ち、人に似た形をした美しい生き物であるとは聞く。


「ヴェルゲニア式の魔術とは別に、東国流の魔術も操るのがユディア王女です。……詳しい話はまた今度。この手紙の内容は俄かに信じ難い」


 ギデオンはアーサーにも手紙を渡した。竜、毒。そして力を貸して欲しい旨。震える手で書いたのか、インクや字がよれて読みづらい。


「すぐに発ちましょう。ユディア王女の居城へ。何を出来ずとも王女の側に居て差し上げる必要はあるでしょう」

「じゃあ、博士はエイベルさんを連れて先に。僕は荷造りしてから追いつきます」

「助かります。ローレンソンくん、聞こえていたでしょう?すぐに出ます」


 ギデオンはユディアの手紙に仕込んであった転移魔術を起動させる。エイベルの腕を掴んで、一先ずはユディアの城へと飛んだ。

 辿り着いた城はすでに慌ただしく人でごった返していた。ほとんどが軍人だ。ユディアの一報を受けてすぐさま人員が補充されたのだろう。


「博士」

「ユディア王女。顔色がよろしくありませんな。休まれましたか?」

「わたしは大丈夫。なんて言うか、衝撃が抜けてないだけで」


 ユディアはギデオンたちを彼女の部屋へ案内する。そこが一番落ち着いて話ができるところだからだ。腰を掛けはしたが、茶の一杯を出すいとまもない緊迫した状況だった。


「して。……竜、という話でしたな?」

「うん。わたしもブルーノから聞いたっきりだけど、間違い無いと思う。遠見で確認したんだ。……怖かった」


 ユディアは手紙にあったことと同じことを話した。毒をもたらす竜が北東より来襲し、それに追い立てられた魔獣をも伴っていると。


「前線部隊が衝突してそろそろ丸二日なんだ。ロディニアス兄上がすぐに対処してくれて、さっき補充の部隊が出たところ。彼らと入れ替わりに前線部隊が戻ってきて情報をくれるはずなんだ」

「なるほど」


 ロディニアスの辣腕は聞いていた通りと言うところだろう。ユディアからの報を受け、その後すぐに対応部隊が中央からこの城へ向けて出発したと言う。

 不意に部屋の扉が開いた。立っていたのはブルーノだ。


「クラーク博士。竜は、殺せるんですかい」

「生きている以上は、ええ、おそらく」

「あのラインハルトがやられたんだ。ラインハルトだぞ? ヴェルゲニア一の兵士だって言っても過言じゃないやつだ」


 ブルーノはどかりと椅子に腰を下ろす。随分と憔悴していた。

 一先ずは情報が無ければ身動きも取れない。ギデオン達はまんじりともせずに待った。遠見の法で覗いても見たが、マナや魔力が酷く入り乱れていて視界が悪かった。


「前線からです!」


 情報が飛び込んできたのは半日後だった。補充部隊は凄まじい速度で前線へ駆け上がったらしい。先遣隊がある程度撤退したところで情報をまとめて先に送りつけてきたようだった。

 荷物を持ってアーサーもやってきた。小心者の彼はそわそわと落ち着かない様子だ。


「……魔獣の群れはなんとか凌ぎ切ったみたいだな。毒で溶け落ちて全滅だと」


 苦々しくブルーノが言う。


「『竜はあらゆる攻撃を無効化している。魔術も武器もその鱗を貫くことができない。毒性の非常に強いものを吐き散らしており、強力な浄化魔術で対処している』だそうだ」

「攻撃が効かないって、そんな」


 全員が口を噤む。重苦しい空気が流れた。

 先遣隊はさらに一日してから城へ到着した。幾分か、人数が減っていた。

オルドレッドは前線へ残ったという。隊を率いて戻ったのはザカライアだった。ラインハルトも伴っていたが、彼は負傷しているらしい。竜の毒で手足を灼かれたようだった。


「貴様! むざむざと死ぬ気だったのか!」

「……そんなつもりは」


 ザイフリートの二人に話を聞こうと出迎えに行った先で見たのは、ラインハルトに掴みかかるザカライアだった。行軍中に耐えていたものが爆発したように見える。


「一旦退いて対策を考えるのが最善の手だったろう! 敵を無駄に刺激することに繋がったら全滅だった!」

「それは、すまない」

「やめろ、ザカライア!」


 一方的に怒鳴りつけるザカライアと気圧され気味のラインハルトの間に入ったのはブルーノだった。


「ラインハルトがあそこで時間を稼いでくれたから生き延びられたんだ。お前の言いたいこともわかるけどよ、ラインハルトだって間違ってなかった」

「……っ」


 ザカライアは歯噛みする。そんなことは言われずともわかっていた。一番情けないのはあそこで身が竦んだ己だ。


「まずは博士たちに話してやってくれ。喧嘩はその後だ」

「……ええ」

「わかった」


 ザカライアはラインハルトへ目配せする。ラインハルトの持つ情報の方が重要らしい。ラインハルトはギデオンを向く。


「……竜は、神に連なるものだった。ザカライアと決闘する時と似た力を使われた」


 神。ギデオンは唇を引きむすんでいた。

 神の国と呼ばれるオーレリウスが隣国にある以上、その存在を疑うことはできない。さらに聞けば、ザカライアは神の祝福に生かされている人間と聞く。


「神にも届く力が要る。……できるか、博士」


 魔術は神のもたらしたものとも言われている。この世界の成り立ちや真理に深く関わる現象として。

 ――しかし、人の手でその真理を暴こうとする理論魔術ならば。


「やってみましょう。神をも堕とす力。理論魔術で導いてみせます」



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