2-18:ブルーノ、伝令に走る


 ラインハルトのからだが振り落とされるのを見た。ブルーノは声を上げた。

 おそらく死んではいない。どこに着地したかはわからないが、すでにオルドレッドかザカライアのどちらかが手を打っているはずだ。ラインハルトは重要な戦力だ、そうそう見捨てはしないだろう。


「ブルーノ、聞け!」


 ブルーノは王族の近衛としてオルドレッドの側について戦っていた。ラインハルトが稼ぎ出した時でなんとか魔獣との戦線を保っている。魔獣共は徐々に力を無くして倒れていっていた。毒が回っているのだ。


「俺から離れてユディアへ事を伝えに行け!」

「それじゃああなたの身が守れません!」

「事態は急を要する、俺一人の命でヴェルゲニアが守れるのならば安いものだ!」


 伝令は道の途中に落命しないことが最も肝要だ。その点、魔術の一切を受け付けないブルーノは適役だった。魔獣を一人で捌き切れるほどの武術や、三日を馬で駆け続けていられる体力もある。


「……了解!」


 ブルーノはついに馬の首を返した。一人この戦線から離脱するのは悔しさもあった。しかし、後方からの援軍を頼むにしても情報が無ければ話にならない。ブルーノは頭の出来は良くなかったが、軍人としては優秀だった。見たものを短く正確に伝える術は訓練で得ている。

 馬を飛ばすと喧騒が遠くなる。結界を超えて落ち延びた魔獣がふらふらと歩いていた。放っておいてもよかったのだが、苦しみを長引かせまいと首を刎ねた。どう見てももう永くはない命だった。


(なんてヤツなんだ。あれが竜!)


 人間はおろか生物全てに畏怖をもたらす存在に見えた。これを独力で倒したというヴォータン・ザイフリートとは何者だったのだろう。

 途中何度か魔獣の群れに襲われた。ここはクロ・ラフィルにほど近い。ヴェルゲニア人への憎悪を植え付けられた魔獣共は敵意を剥き出しにしてきた。

 ブルーノには魔術の一切が効かないが馬は別だ。細心の注意を払ってひたすらに飛ばした。

 ヴェルゲニアへ着いたのは一日半馬を駆けさせた昼過ぎだった。休息は馬のために最小限だけ取った。倒れそうになる足を奮い立たせてユディアの居室へ向かう。


「リュカ! 中央へ兵を要請してくれ!」


 扉を開ける間も惜しんでブルーノはそう告げた。どたばたと中で音がする。慌てた様子でユディアが出てきた。


「ブルーノ、ボロボロじゃん」

「どいつもこいつもそうだ。頼む、早く、伝令を」


 ユディアはどかりと床へ座り込んだ大男を見下ろす。治療の魔術をかけてやろうにも、彼には効果がない。ひとまずは水を持たせてやるだけはしてやった。


「――竜だった。災厄は、竜だ」

「え」

「毒を吐いてやがる。魔獣共もそれに追い立てられて森から逃げてきてやがった」


 ユディアはぽかんと口を開いたままでいた。竜。それこそ神話に遡るほど古い生物で、凄まじい魔力を有している。そう本で読んだ。


「リュカ!」

「わ、わかった。ブルーノはどうするの」

「少し休んでから考える。……今はちっと休ませてくれ」


 言うなりブルーノは床に倒れこんだ。ユディアはさっと自分の血の気が引いたのがわかった。


「と、とにかく、ロディニアスお兄様に」


 長兄に当たるロディニアスは父王バルティカに代わってすでに中央で執政を行なっている。兎にも角にもまずは彼の耳に入れなくてはならない。

 ユディアは砦に詰めていた数少ない兵士のうちの一人を呼んで書状を持たせた。最低限しか書けなかったが仕方ない。今は拙速を尊ぶ時だ。


(わたしはわたしで手を考えなきゃ)


 ユディアのからだを流れる半分の人外の血が騒いでいる。――竜を相手にするな、と。


(助けて、博士)



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