2-17:ラインハルト、接敵す

「魔術師の半数も結界を張れ! まずは魔獣の突撃を耐えるぞ!」


 オルドレッドの怒号を背に受け、ザカライアは魔術師たちへ合図する。彼らはザカライアが北で任務に就いていた時からの部下だ。短いサインで何をすればいいのかわかってくれる。この行軍にも一言声をかけるだけで他の任務は全て投げ打って参加した。有り体に言えば、使える駒というやつだ。向こうもそれを喜んでいる節がある。

 狂った魔獣たちがそのままに突っ込んでくる。分厚く張った結界のほとんどは即座に砕け散った。


「次、急げ!」


 魔獣たちの背後からは竜がゆっくりと飛んできている。口元からは変わらずにだらだらとヘドロが垂れていた。この毒性は非常に強いようで、落ちたところのものをことごとく溶かしている。毒や魔術に対する耐性の高い魔獣ですら餌食になった。


(どうすればいい!)


 魔獣はなんとか対処できる。しかし問題は竜だ。


「おい! 竜殺しの子孫なんだろう! なんとかならんのか!」


 魔獣の圧力に押し込まれそうになる結界師の背を支えながら兵士が叫んだ。ザカライアは歯噛みする。

 竜殺しの英雄の末裔とはもはや名ばかりだ。何か秘伝を伝えられていることもない。力ある者同士で決闘を繰り返して、先細りしていくだけの家となってしまっているのだ。


(なんのためのザイフリートだ!)


 ザカライアはふと風が流れたのを感じた。そちらへ目をやる。結界に穴が空いていた。


「ラインハルト、」


 結界から踊り出したのはラインハルトだった。魔力で肉体強化をかけ、魔獣の群れを軽々と飛び越えていく。装備は支給の粗末な剣と鎧だけだった。ザカライアの足はその場へ縫いとめられたままだった。


(デカいな)


 竜へ接敵したラインハルトはその威容を見上げる。足元の羽虫一匹どうということはないのだろう。気に留めた様子もなくゆっくりと飛んでいる。

 走り込んで、飛び上がる。竜のぶら下がった足先へ手が届いた。ずるりと手が滑る。ラインハルトは慌てて乗り上がった。


(……溶けた)


 竜へ触れた籠手がじゅうじゅう音を上げている。ラインハルトは未練なくそれを外して捨てた。

 大抵の生き物は目が弱点だ。直接そこを狙うためにここまで登ってきてみた。ラインハルトはぐずぐずと柔らかい足元を踏みしめて竜の背を登っていく。鱗は硬いのだが、その下の肉が柔いらしい。なんだか妙な感覚だ。

 眼下では本隊が魔獣の群れと揉み合っている。ザカライアの采配は確実だ。魔力が尽きたものは即座に後ろへ下げ、次を補充する。オルドレッドも共に戦地に立つのは初めてではあったが、優れた武人であるのはすぐにわかった。彼らに任せておけばどうということもないだろう。


「くそ」


 長く伸びた竜の首の半ばほどで軍靴が溶けた。この竜は全身に毒を纏っているらしい。ラインハルトは集中して足元へ魔力を回す。毒ならば中和出来るはずだ。


(――痛むが。仕方あるまい)


 あまり時間をかけられない。ラインハルトは思い切り踏み込んだ。ずぶりと脚が沈む感覚がする。竜はようやくからだの上に乗った人間に気がついたらしい。羽根が大きく動く。降り落とすつもりのようだった。


「……っ」


 ラインハルトが飛来した翼をかわしたのは天性の勘によるものだった。頭は全く動いていない。肉体が全てに先んじて勝手に動くのだ。それほど、研ぎ澄まされた集中の中に彼はあった。

 怯まず、弛まず前へひた走る。竜の頭の上へ出ると視界がひらけて夜空が見えた。


「恨むなよ」


 ラインハルトは踏み切る。ぎょろりと竜の目玉が動いた。爛れた皮膚。濁りきった瞳。その奥の、毒に曇った思考。


「――ッ!」


 剣先が触れる直前、ラインハルトは覚えのある感覚に身を硬くした。脳裏に飛来したのはザカライアとの決闘だ。ザカライアの首へ確かに絶命の一振りを下した時のあの感覚――。


(神に連なるもの、なのか)


 剣がラインハルトの手の中で破裂した。背中で空を切っているのがわかる。ちぎれ飛びそうな意識は痛みで繋ぎ止めた。まだ、死ねない。




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