2-14:ユディア、ラインハルトを見舞う

「……そこに居るんだろう」

「バレたかあ。流石だね、ラインハルト」


 ラインハルトは枕元の気配で目を覚ました。何故か姿が見えなかったが、姿隠しの魔術だろう。声を掛けてみるとユディアの返事があった。それと同時に、可憐な第二王女の姿も現れる。後ろにはブルーノも立っていた。


「決闘を見ていたのか」

「うん。……わたしは何やってるかさっぱりだったけど、ブルーノが一々感心してたよ」

「そうか。無様を見せたと思っていたが」


 ラインハルトの声に覇気はない。からだを起こそうともしなかった。それほどまでに回復できていないのだろう。


「すまない、休暇は延長だ。俺は二日でなんとかする。ザカライアは……もっとだな。一週間ほど」

「しょうがないから許してあげる。戻ってきたらこき使うからね?」


 ふ、とラインハルトが息で笑った。


「お前たち、いつもああなのか」

「そうだ」


 ブルーノの問いにラインハルトは短く返す。これまではなんのことだかさっぱりだったが、実際に彼らの決闘を見た後だと重さが違う。


「俺はザカライアを殺せない。ザカライアも俺を殺せない」

「お前、それでいいのか。親族で殺しあうなんてよ」

「……そういう定めだ。ザカライアが決闘で殺されるのを望むならば、俺がそうするしかない」


 ラインハルトは重たげに口を閉ざした。ブルーノは立ちつくしている。


「俺は、俺に求められていることをやるだけだ。……それしかできない」


 ラインハルトはまた眠りに就いた。辛うじて引っかかっていた意識が最後に言わせたのだろう。ユディアは難しい顔でそれを聞き届けた。


「ザカライアの暗い感じはわかってたけど、ラインハルトも結構アレだね」

「アレって言うと?」

「自分は何もしちゃいけないと思ってる。……こんなに力があるのに。自分に期待してないんだ、たぶん」


 それと、他人に対しても期待をかけることはないのだろう。ラインハルトの没交渉っぷりは軍部でも有名だとブルーノから聞いたことがある。これは本人の寡黙な気質ももちろんあるだろうが、自他へかける期待値の低さ故のもののはずだ。ラインハルトは無知な己を誰よりも恥じている。


「俺の周りはもうちっと単純に考えられる人間は居ねえのかよ」

「うーん。アーサーとかどう? すっごい庶民的だけど。お肉は割引が始まるまで買わないんだよ?」

「そこんとこは親近感が湧くけどよ、学者連中は勘弁してくれ」


 ユディアはラインハルトの枕元へ花を置いた。彩の一つもない部屋だったからだ。母親の最後を看取った彼女の幼少期に身についてしまった習慣だった。これはブルーノが教えたものだ。


「花の意味は?」

「元気になりますようにって。取りに行くの手伝ってくれてありがとう、ブルーノ」


 これまでに斃れたザイフリートの血族等の墓の側には瑞々しい切り花が置いてあった。ユディアはブルーノを付き合わせてその先にあった森のものを摘み取り、ラインハルトへの見舞いとしたのだ。

 供えられた花は野にあるものではなかった。誰かが度々参りに来て、花だけ置いていったのだろう。墓自体には手が入っていなかったので、その人物に出来ただけのこととして花を手向けたのだ。


「じゃ、帰ろう。また姿隠し使うからこっち来て」

「へいへい」


 ユディアが魔術を展開するのを待ちながらブルーノは眠り込むラインハルトを盗み見る。


(そんだけ強くてもままならねえことなんてあったんだな)


 支度ができたユディアを脇に抱える。なんだかすっきりしない心持ちだった。

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