2-12:ザイフリート、共闘する
「なあ、武装した人間がまぎれているようだが。こういった場所ではよくあることなのか」
咳は落ち着いたが、ザカライアはどうにも会場に戻りたくなさそうなのでそのままバルコニーで時間を潰すことにした。先ほどまでの集中状態で、ラインハルトの神経に引っかかるものがいくつか見つかったので一応話をしておく。
「警備の人間じゃないのか」
「いや、姿を消して行動していた。……武装も警備には不向きなものな気がする」
妙な殺気を感じることもあった。気配を追いかけようとするとすぐに見失ってしまったのだ。
「狙いは? ……大方大臣だろうな」
ザカライアは頭の中で軍部大臣周りの勢力図を洗ってみるが、彼は何にしても敵が多い。六十を過ぎて多少穏やかになったようであるが、今の地位につくまでにあの男はたくさんの恨みを買ってきている。苛烈な人間で、時代には合っているのだろうがとにかく荒っぽい。
「借りでも作っておくか。……武装しているのは複数人いるのか」
「おそらく三人。捉えるのは容易いが、どうする」
やはりラインハルトは格が違う。ここに集う将校たちも現場を経験し一定水準以上の魔術の才を持つ者たちばかりだが、賊の侵入に気がついている様子はない。ザカライアの知覚にも掛かってはいなかった。
「出来のいい姿隠しの魔術だろうな。おそらく連中は雇われの殺し屋だ。……一人は残せ、話を聞く。僕は大臣の側にいる」
あいにくとまともな武器は手元にないが、銀食器のナイフでも十分だろう。魔力を纏わせればこんなものでもよく切れるようになる。元々質の低い武器ばかり使ってきたので拘りもない。
会場に戻るとザカライアはまっすぐに大臣の元に向かった。賊は大臣の警備がいなくなる僅かな隙を狙っているのだろう。ザカライアが張り付いていればうかうかと手出しはできないはずだ。
ラインハルトは一番大ぶりなナイフを手に取ってくるりと辺りを見回した。集中の度合いを上げればより鮮明に物が見えるようになる。ぐらりと視界が歪むようなことがあれば、そこに何かが隠れているのだ。
「三人だな」
初めの予測に間違いはなかった。あとは軍人らしく淡々と任務をこなすだけだ。ラインハルトに姿が見えていることに気がつかないでいた一人目はあっさりと始末がついた。後ろから近づいて心臓を一突きすればいい。ついでに魔力を流し込めば末期の呼吸のいとますら与えずに絶命させられる。慌てた二人目が大臣に向かっていき、ザカライアの結界に弾かれた。なるほど、そう考えて大臣の側にいたらしい。確保は彼に任せて、離脱しようとした三人目を追いかけた。一番腕の立つ者だったらしいが、もとより一騎打ちを得手とするラインハルトの敵ではない。事はすぐに終わった。
「済んだぞ」
婦人たちの目に入らないように死体の場所を移す。将校たちには一旦部屋に引き取ってもらうことにしたようだ。
「彼を空き部屋に連れて行ってくれ。……ゆっくり話を聞くとしよう」
「俺は?」
「せっかくの一張羅が駄目になる。大臣の警護でもしていろ」
ザカライアは手袋を外し、目の前の男を光のない瞳でじっとりと眺めている。一刻も早く賊が楽になれることを祈るばかりである。
「ふーん、結局ハウル将軍の差し金だったんだ。……わたしとしては現大臣に死んで欲しかったりしたけどな。わたしのお母様はあいつのせいであんな目にあったんだから」
「ザイフリートが二人も居ながら大臣を殺されたのでは立場がない。……個人的な復讐は僕たちがいない場面でお願いしますよ」
現大臣とハウル将軍の長い因縁についに決着がついた形になったようだ。軍部大臣の一つの席をめぐって彼らは何十年も睨み合いを続けていたらしい。はやまったハウルが自滅する形で一連の騒動は幕を降ろしたのだった。
「考えとくよ。まあ、目下気になってるのは東の攻略のことだろうし、わたしのことはまだ放っておくだろうな。……いくら気に入られたからってくれぐれも大臣の親衛隊なんかに転属しないでよ? ラインハルトにも言っておいてね」
「……伝えておきましょう」
ザカライアの望みはおそらくユディアの元でなければ達成できないものだ。間違っても中央の大臣なぞの配下に下るつもりはない。滅ぶ家には富も名誉も必要ないものだ。
「そういえば二、三日熱出してたみたいだけど大丈夫?」
突然の問いかけに時が止まった。煙草やら付き合いやら犯人の絞り上げやらで大分体力を使いしばらく寝込んでいたのだ。弱っているところを見せたくはないザカライアのプライドの高さは知っているだろうに、わざわざそんな質問をユディアはぶつけてきた。人のことは言えないが、彼女もかなり性格が悪い。
「……ええ、問題ないですよ。それがどうか?」
「だってさ、ラインハルト。よかったね」
いつの間にかラインハルトがいる。賊たちとの戦いから透化の魔術でも体得して使っていたのだろうか。独特の存在感のある男ではあるが完全に気配が消えていた。
「そうか。心配していたんだ」
いつも通りの感情の読み取りにくい表情だが、機嫌が良さそうなのはわかってしまう。どの程度までの口撃ならば王族相手に不敬ならないかザカライアは考えて、すぐにやめた。いい機会だから好き放題言わせてもらおうと口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます