2-11:ザカライア、真意を語る

 ザカライアの肺がよくないのは彼が完璧に隠しているせいでほとんど知られていないらしく、遠慮なしにふかされる煙草の煙に喉が悲鳴をあげているようだ。


「済まない、少し彼を貸してくれ」


 ラインハルトは強引に話を切り上げさせ、ザカライアの腕を掴んでその場から離れる。途中グラスの水を貰って人気のない場所を探して歩いた。バルコニーの隅に連れ出したところで、ザカライアが激しく咳き込んだ。血でも吐くようなその様子に不安がつのる。


「大丈夫か。……人は居ないぞ」


 気になって首元を緩めてやれば、やはりあの赤い模様がのたうっている。ぎろりと睨まれるが、涙の滲んだ瞳では威力があるとはいえないだろう。グラスを渡すとひったくるように奪われた。それで喉を潤すと、少しは落ち着いたらしい。

 武器も持たずに二人で居るのはこの前のユディアとの謁見以来だ。あの時もろくに会話はしていないが。


「……何故、神の加護を捨てようとする?」


 ラインハルトは訊いた。まともにザカライアと口を利くのは随分久々だ。彼が鬱陶しそうにこちらを見てくる。しかしやり取りをする意思はあるのか少し息を整えていた。


「――決闘で、お前に負けて死ぬためだ」


 ラインハルトは二度と瞬いた。全く、考えもしなかった。


「しかし、ヒルデベルトはお前が居なくなれば後継が居ないだろう」

「そうだ。だから、僕が死んであの腐った家を終わらせる。僕の家は――ヒルデベルト家は堕落した。今彼らが欲しがるものは薄っぺらな名誉だ。こんなものにザイフリートの名を背負わせることはできない」


 ザカライアは彼の母親が決死で産み落とした一粒種だ。彼が死ねば、ヒルデベルトはそのまま潰える。ザカライアはそれを望むと言うのだ。


「僕はヒルデベルト家が大嫌いだが、ザイフリートの名前は違う。……この名前は僕の誇りだ、汚そうとするものはたとえ神や国王だろうが容赦はしない」


 ラインハルトはザイフリートの名前に血を含んだ重みを感じこそすれ、拘ってもいない。家督を定める決闘ですら現バルタザール家当主に命じられるからやっているだけだ。己はこの決闘に勝ってバルタザールに家督をもたらすためだけの存在、そう言い含められて育てられている。


「僕を殺せ、ラインハルト。一族の前で僕の首を刈るがいい。英雄の誇りを忘れたヒルデベルト家を終わらせるために、僕はお前に敗れて死んでみせなくてはならない」


 ラインハルトは唇を引き結んだ。ザカライアはまた咳き込む。彼の病疾は相当に根深い。それこそ、神の加護がなければ命を支えていられないほどには。


「……煩わしいからだめ。死人の命など延ばすべきではなかったんだ」


 ザカライアは咳で割れた声で呟く。そっと背中をさすってみたが、手を振り払われることはなかった。呼吸が整うまでにもう少し時間がいるだろう。

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