2-10:ラインハルト、英雄視される

「僕は父の用事を済ませてくる。……女性に声をかけられて舞い上がるなよ」


 壁の端の方にラインハルトを立たせてザカライアはよその集団に行ってしまった。またあの作り笑顔で愛想を振りまくのだろう。なぜだか、少し嫌な気分になった。


「ラインハルト! 会えて嬉しいよ。お前はこういう場には来ないと思っていた」

「……タラス将軍」


 ラインハルトが西の地で任務に就いていた時の上官がいた。彼がらみの作戦が多く、互いに顔を覚えていたようだ。隣にいる女性はおそらく妻なのだろう。西国とはしばらく一触即発の空気が漂っており、その中で膨らんだ危機感が爆発しないように努めていた将軍だった。


「ザイフリートが二人並ぶとやっぱり凄いな。遠くから見てても迫力があったよ」


 タラス将軍はなんとなく話しかける機会を逃していたらしく、ザカライアが離れてようやく接触する気になれたと言っている。


「まだ決着ついてないんだろう? 俺はお前に勝ってもらいたいなあ。……ヒルデベルトのほうはなんだか近寄りがたくってね。英雄って感じじゃあない」


 英雄らしい、とこの曖昧な言葉でラインハルトはよく褒めそやされる。一方ザカライアは余人にとっては英雄らしくはないようだ。こちらの会話など聞こえもしない視線の先の男はにこやかに貴族たちと会話をしている。


「ほら、あんな風に貴族連中に取り入ろうとなんかしているだろう。あんなのではなあ。それに比べてお前は俺の下に付けているのがもったいないくらいだったよ」


 タラス将軍はラインハルトが西の任地にあった頃の話を彼の妻に聞かせている。かなり気に入られていたらしい。酒が入っているのもあってか彼は熱心に話した。


「ラインハルトが俺に付いていたのはアルキドクセンとの関係が特に悪い時期でなあ。ちょっとでも妙な動きをしたらすぐにでも戦争が始まるんじゃないかというくらいだったんだ」

「そこでタラス将軍の指揮下で俺も警護に当たっていました。将軍には随分目をかけてもらった」

「まあ、あなたったら」


 ラインハルトが短く礼を言うと、タラス将軍は嬉しそうに笑った。妻の方も満更ではない様子だ。


「ラインハルトはな、とにかく強いのもそうだが仲間を見捨てないんだ。アルキドクセンにはこちらには居ない魔物も多いんだが、連中に襲われて取り残された小隊を単独で救出に向かったりもしてなあ。あの辺りはうまく魔術が使えなかったり大立ち回りができなかったりもしてなかなか大変な任地だったよ」

「ああ、新聞で読んだわ、その話。ラインハルトさんのことだったのねえ。夫があなたのことをよく手紙に書いて送ってくるから、いつか会えたらとも思っていたのよ」

「それは、どうも」


 小隊の救出に関してはなんとなく記憶がある。ラインハルトからすれば命じられたことをやったまでなのだが余人にとっては違うらしい。


(そういえば、情勢が悪かったんだったか、あの時)


 政治に全く関心を持たないラインハルトには完全に意識の外だった。下手を打たなくてよかったと今になって思う。単独で救出に向かったのも偶然だった。


(本当にロクでもないな、俺は)


 タラス将軍は関係が短くない上に上官だったのでまだ付き合いやすい方だった。命令があればそれをこなしていればいいだけだったからだ。それがラインハルトにとって最もわかりやすい。一方で、自身で関係を作り上げていくのは苦手だった。まず向こうが壁を作る。一応名門の武家という肩書きや、優れ過ぎた武芸の才能というのはどうやら人を遠ざけるらしい。ラインハルトが元々かなり寡黙なこともあってほとんど友人付き合いはなかった。


(俺なんかが口を聞いたところで聞きたい話もないだろう)


 ラインハルトはタラス将軍が話し続けるのを黙って聞いていた。彼やザカライア(一応己もだが)は名門の出だ。幼い頃から話術や教養をしっかり身につけさせられている。ラインハルトがやったのは武器を握ることだけだ。それしかできない、空虚なつまらない人間だと自覚している。


「……ん?」


 ザカライアの方へふと目をやったが、どうも様子がおかしい。彼はしきりに口元に手をやろうとして、すぐに引っ込めることを繰り返している。よくよく観察すればその辺りに魔力が集まっているのがわかった。


「……煙草か。タラス将軍、またいつか」


 手短に挨拶をしても許される仲のはずだろう。ラインハルトは足早にザカライアのもとに向かった。

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