2-8:ザカライア、ラインハルトとパーティに招待される

 父親からの手紙、見合いの話、軍部の人事移動他の書類、母親の容態を伝えるメイドからの書簡、注文していた戦術書の領収書。ザカライアの机の上に広がっているのはその類の紙束だ。それらに返事を書き、本を読んで少し体を動かすようなことをしていればいつの間にか日が暮れている。あそこの貴族の娘との結婚はどうだ、ユディアにはうまく取り入れているのか、いつになったらラインハルトを殺せるのかやらやかましい親族がいない分、ユディアの居城は居心地がいい。どれほど目が腐っていれば息子がラインハルトよりも武術に優れているように見えるのだろうか。父親が勝手に送り込んでいる刺客もあの男にとっては児戯に等しいものでしかないはずだ。


「ん……」


 見慣れない封蝋がしてある手紙が出てくる。どうやら招待状のようだった。ザカライアは盛大にため息をくれてやって席を立った。これは流石に無視ができない。彼は面倒さを完全に隠してしまわずにユディアの元へ参上した。


「へえ、軍部大臣の誕生パーティーのお誘いかあ。わたしには来てないや」

「ええ。そういうことなので、しばらくここを空けます」


 大臣が六十を超えての毎年のパーティなのだという。「花の季節」の建国記念祭りの間に自身が生を授かったことに思い入れのあるらしい大臣はよほどの理由でもない限り欠席を認めてくれないという。このパーティは三年ほど前からやっているようだが、前の二回の時ザカライアは北の地で任務に就いていたので招待を受けていない。


「……なあ、これは誰なんだ」


 日課を終えたらしいラインハルトが顔を出した。王族の前に訓練用の服で出てきているのも常の蓬髪に拍車がかかっているのにも気が回っていないらしい。ザカライアの基準からすれば失礼極まりない行為のうちであるのだが、ラインハルトにはどうでもいいことのようだ。よく見ればユディアの隣のブルーノも無精髭をそのままにしている。むくつけき大男の髭を気にしないのならば顔の作りが端正なラインハルトには目くじら立てるほどのことでもないのかもしれない。

 ラインハルトはザカライアの苛立ちに気づかないまま招待状の宛名を見て首を傾げている。


「えーと、君たち軍部の最高司令官だよ。……知らないの?」

「ああ。やはり拙いか」


 ほとんど表情に出ていないが、ラインハルトはおそらく苦い顔になっているのだろう。寡黙な男なのであまり気づかれてはいないが、ラインハルトは無知な男だった。自覚もあるらしい。


「良くないに決まっている。お前、将軍の名前も覚えていないだろう」


 ザカライアは自身の血圧が上がるのを感じた。視界の向こうでラインハルトがゆっくりと重々しく頷いた。ユディアの隣のブルーノも剣幕に押されて小さく首を縦に振っていたが、気にしないことにする。


「俺のところにもそれが届いていた。お前に行くものと混ざっていたのかと」

「……宛名はそっちの家のものだろう。良く見ろ」


 日常的に良くないザカライアの機嫌が急降下していく。この場にいたくないと、ユディアとブルーノは顔を見合わせてさっと立ち上がった。


「……はあ。決着のついていないザイフリートを両方呼び出した訳か。趣味の悪い。二年前はどこにいた?」

「西で警護にあたっていた」


 ようやく大臣の念願叶って、二人のザイフリートを呼び出せるとそういうことのようだ。いがみ合う姿でも見て酒の肴にでもするつもりなのだろうか。勝てないザカライアを嘲笑うつもりだとすれば頭にくる。


「礼服は?」

「軍式のが一着」


 ザカライアの大きなため息が応接間に広がる。不機嫌の出処がいまいちわからないラインハルトはぼんやりと立ち尽くしていた。


(わかってはいたが、目の当たりにするとなおのこと酷いな)


 この男――ラインハルトは頭が悪いわけではない。単に無知なだけだ。飲み込みは早く、覚えたことは忘れない。ただ、家督が移った後もあれではザイフリートの恥だ。


「バルタザールはあれだから駄目だ。僕さえどうにかできればいいと思っている。後先を考えろ、馬鹿め」


 轟々と怒るザカライアの後をラインハルトはそろそろとついていく。なぜ機嫌が悪いのかもわからないのに、これ以上何か不必要なことを言って彼を怒らせたくはない。


「家に蓄えは? 軍の礼服で行かせるわけにはいかない」

「さあ、あまり余裕があるとは言えないはずだ。収入は俺の稼ぎくらいしかない」


 下に弟たちはいる。ろくに話もしたことはないが、少なくともラインハルトよりは大切に育てられているはずだ。父親もだいぶ前に病気で退官して以来ずっと床に伏せている。


「……僕が出してやる。一式作れ」

「は?」


 仁王立ちでザカライアが振り返った。確かに蓄えは現在家督のあるヒルデベルト家のほうがあるだろうし、階級で言えばザカライアが上だ。指揮官的な働きをする彼とあくまで現場で力を振るうラインハルトでは貰いが違う。


「手は貸してやる。舐められることのないようにしろ」


 ぎろりと己を睨むザカライアの目にこれまでにない圧を感じる。近いものをあげろと言われれば、二人きりの立合いの時だろうか。一つ異なるところといえば、明らかにザカライアに利があることだろう。

 ぽかんとしている間にあれよあれよと話が進んだ。午後休を申し入れ(すぐに受理された。ユディアの顔も引きつっていた)、ユディアの城を出て街に戻り、いくつかの店に放り込まれた。何をされているのかさっぱりわからないが、全てザカライアが段取りをやっている。


「僕も新調する。手を抜いてたまるか」


 デザインがどうの、流行がどうのとそんな話をしているのを聞いてラインハルトは目を閉じて軽く意識を飛ばすことに決めた。


「暇そうだな。これでも読んでおけ」


 ぽいと放り出されたのはマナーブックというやつだ。初学者向けのもので、字をあまり知らないラインハルトにもなんとか読めるくらいのものだった。確かに同僚や部下との飲みに顔を出すことはあっても、上流階級のパーティに参加したことはない。一度で済まそうとじっくり時間をかけて読み込むことにした。その間にザカライアの方も終わっているだろう。

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