2-7:ユディア、ユーロメリカを袖にする
「……これ、おいしくない」
オルドレッドが持ってきたのは妙な形をしたコップに入った緑色の茶だった。コップは持ち手がなく(だからコップなのだが)作りが厚い。中の飲み物は青臭いのに苦味が強くて全く美味しいと感じなかった。ブルーノはどうやら気に入ったようでぺろりと片付けてしまった。
「オルディ、普通に紅茶を出してあげたらよかったのに」
「俺なりのもてなしだ。……お子様には早かったようだがな」
「もう、妹に向かってなんてこと。ユディアちゃん、お菓子をたくさん頂いてね。このお茶は甘いものと一緒が一等おいしいのよ」
ユディアはむすりと菓子を頬張った。砂糖が口の中でとろけてすぐに消えていく。王族なのにこんなものを食べたことは一度もない。
「……それで。あなた、いったい何者なの」
「私? 私はヴェルゲニア国第一王女ユーロメリカ。そこのオルドレッドは私の双子の兄。それから、さっきあなたのお姉さんにもなりました」
「それは知ってる。そんなんじゃなくて、なんでこんなところに居るのかって話。……封印具で塞がれてるのに目も見えてるみたいだし」
魔力やマナの一切を吸い出された部屋。そこに住む王女。ふとユディアの頭を過ぎったのは「軟禁」という言葉だ。ユーロメリカは何らかの理由で目や魔術を使うことを禁じられている。
「暗殺を防ぐためだ。ユーリの易占の力はヴェルゲニアにとってなくてはならないものだからな」
何か言いかけたユーロメリカにオルドレッドが割って入る。下手なことは言うな、と彼の目が語っていた。
「ごめんね、ユディアちゃん。オルディも意地悪なばっかりじゃないのよ」
「別に、気にしてない。初対面のわたしに話したくないことが多いのは王族として当たり前でしょ?」
「こら、リュカ」
気遣うユーロメリカにユディアはつっけんどんな返事を寄越す。横に座っていたブルーノはそれをたしなめた。ユディアは彼女のきょうだい――否、ヴェルゲニア王族が話に上がると途端に態度を固くしてしまう。その理由も知っているからに、ブルーノもあまり強くは言わないでいるのだが。
「……ええと。ユディアちゃんは普段どこに居るのかしら。私はこの通り、ずっとこのお部屋に居るの」
「田舎だよ。東の方の城」
「うーんと……ごめんなさいね、私あんまりわからないわ。外のこともあんまり教えてもらえなくて」
ユーロメリカはすっかり困った様子で隣へ座ったオルドレッドへ顔を向けた。彼は大げさにため息をついて説明をする。
「東国――クロ・ラフィルへの牽制のために城を建てたんだ。ザイフリートの息子たちが転属したんだったな。お前が指揮官だったのか、ユディア」
「お飾り指揮官だけど。わたし別に指揮もできないし」
「その細腕ではな。ブルーノの方がよほど向いていると見える」
「ふんっ」
ユディアは再び緑の茶に挑戦する。そして口を真一文字に結んで二、三個菓子を指先で取った。オルドレッドの物言いはユディアの負けず嫌いを絶妙にくすぐるらしい。ユーロメリカはそれを面白そうに眺めていた。
「ユディアちゃんはブルーノ様と仲がいいようだけど、ずっと一緒に居るのかしら」
「おう、リュカが小さい時からです。俺はこの体質のお陰で早くから近衛兵として王族のお側につかせてもらえてたんで、そこで」
「幼馴染ってやつでしょう、それ! 本で読みましたわ。とっても素敵な関係なんでしょう?」
ユーロメリカが嬉しそうに声を上げる。ユディアの目には彼女の瞳のあたりがぱっと輝いたのが見えていた。余人にはわからないだろうが、人外の視界も持つユディアにはわかる。ユーロメリカの魔力はきらきら輝いて美しかった。
「俺は気に入ってるんですがね、こいつはどうだか」
「……嫌って思ったことないし」
「まあ、素敵ね!」
ユーロメリカは子供のように素直に喜んでみせた。外界と接触がないわりに変に性格が屈折してはいないらしい。
「早く私も追いつかなくっちゃ。ユディアちゃん、きっと仲良しの姉妹になりましょうね」
ユディアはそっと視線を逸らした。ユーロメリカの真っ直ぐな好意が心の深いところに染み込んできそうになるのをなんとか避けたかった。まだ彼ら――ヴェルゲニア王族には冷めた心のままでいたいのだ。
「……帰ります。ブルーノもこっちでの仕事は終わりでしょ」
「まあ。ユーロメリカ様の護衛だったからな」
「なら、馬乗せて。もう帰ろう。暗くなる前に」
ユディアはぐっと残った茶を飲み干した。苦味を喉の奥へ押し込み、席を立つ。ユーロメリカは少し残念そうにしていた。
「じゃあ、失礼します。お茶ご馳走様でした」
踵を返して扉へ向かう。もうここへ来ることもないだろうと思った。
「ユディアちゃん」
ユーロメリカに呼び止められる。ユディアは振り返った。
「私のことはユーリって呼んで。仲良しになる為には愛称で呼ぶのがいいでしょう?」
ユディアは少し逡巡した。二、三度瞬き、そして口を開く。
「……さようなら、ユーロメリカお姉様」
扉を開けた。それからは振り返らずに外へ出た。
「無礼な妹だったな。うちのきょうだいはあんなのばかりだ。可愛げがない」
ユディアとブルーノを見送って、オルドレッドは口を開けた。ユーロメリカは顔を少しうつむけている。
「私にはユディアちゃんの昔のことは視えないわ。でも、きっと過去につらいことがあったのね。あの子の目、なんだか冷たいの」
ユーロメリカに「視えた」のはこちらを見て笑う素敵な女の子だった。女の子の名前はユディアだった。あの時に「視た」幻影は実体を持ってユーロメリカの前へ現れてくれた。
「仲良しになりたいなあ……」
ユーロメリカは呟く。隣のオルドレッドは小さくため息をついた。
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