2-4:ラインハルト、強さを証明する

 手元に重たい衝撃が来た瞬間、ブルーノは死を覚悟した。手から握りしめていた剣が弾き飛ばされ、からだが宙に浮く。背中から地面に叩きつけられるその痛みが来る前の絶命を悟った。――これが模造剣でなかったら、ではあるが。


「っでぇっ!」


 予想に違わず、ブルーノが背中から地面に着く前にラインハルトは追撃の体勢に入っていた。間違いなく首を搔き切る構えだった。

 こうしてラインハルトと簡単に手合わせをしてみたわけだが、結果をユディアに知られたくはないとブルーノは強く思った。仮にこちらが武器を持ち、彼が素手で戦ってもおそらく勝ち目はない。ラインハルトは恐ろしく強かった。


「あー、格が違うな。俺はどうされたんだ?」

「……俺は一騎打ちが一番得意だ。気にするな、お前も十分に強い。ここまで打ち合えたのはザカライア以外にはお前だけだ」


 ブルーノは差し出された手を掴んで立ち上がる。ラインハルトの頭頂部が見えるくらいの体格差はあるのだが、大した意味は持たなかったようだ。


「ブルーノ、だったか。魔術が効かないのか?」

「そうらしいぜ。呪いとかじゃないらしいんだけどなあ。怪我が減るからなんでもいいけどよ」


 魔術が無効と判断してからの切り替えの速さは頭で考えた理屈ではないのだろう。ブルーノとは戦闘に対する持って生まれた才能が違うのだ。


「どう鍛えたらあんな動きができるんだ?」

「特に変わったことをしているつもりはない。勝手に体が動くといえばいいのか? ……すまない、あまり言葉にするのは得意ではないんだ」


 ラインハルトの表情が動くことはないが、その全体から申し訳なさが滲んでいる。どうやら軍内での噂のように武芸をはなにかけたとっつきにくい人間ではないらしい。単に感情の表出が苦手なだけのようだ。


「そういや、ザカライアの方はリュカに頼み事があったみたいだけどよ、お前はなんかあったのか?」

「いや、特にない。彼の転属に俺が合わせただけだ。……実は、顔をまともに合わせて話をしたのも久々だった」

「はあ? なんだそりゃあ」


 それこそ妙な勘が働き、何も考えずに同じ場所への転属を希望したのだという。軍部にもザカライアにも随分と驚かれたが、本人はその理由を今ひとつわかっていなさそうだ。ブルーノもあまり深く考える方ではないので気持ちはわかる。


「やっぱり弟だから気になっちまったのかな。……あれ、ザカライアとはもう血縁ないんだっけか」

「弟だと気になるものなのか」


 ラインハルトには確か兄弟がいたはずだ。にも関わらず、彼の反応はまるで初めて聞いたようなことに対するものだった。


「俺は、なる。お前は違うのか?」

「実の兄弟のことはあまり。俺がいなくても十分に生活できている。……ザカライアは違うな」


 己がいなくとも生活できるという点では兄弟たちとなんら変わりはないが、何故かザカライアの言動がいちいちラインハルトに引っかかるのだ。ただ、どうすればいいのか、どうしてやりたいのかもわからずに彼の近くにいてみることを選んだというわけだ。


「決闘の相手だからだろうか」

「さあなあ。あんたらのことは俺には難しいぜ」


 ザカライアは好敵手ではあるが、ラインハルトの方が強いのはもうわかりきったことだ。決闘の度に何故か武器が壊れたり妙にからだが重かったりはするが、それで埋まるほど小さな差ではない。

 ザカライアの日常の癖を見て、それを戦闘に応用するために観察しているわけでもない。もっと感情的なもののはずなのだろうが、ラインハルトにはそれが分からない。何か察したのだろうか、ブルーノが考え込み始めたラインハルトの肩を叩く。


「まあ、転属やらでしばらくはあいつと一緒だろ? その間になんか分かるといいな」


 ブルーノが笑いかけると、ラインハルトはほんの少し目を見開いたが、一体何に驚いたのかは結局聞けず終いになってしまった。




「結局手合わせしたみたいだね」

「なんでわかるんだよ」


 ラインハルトと別れて、ユディアの様子を見に行った。案の定早速毒付いてきたが、彼女自身顔に少し疲れが見える。まあ、ザカライアにまといつく闇は相当に深そうに思えた。それを一人で浴びるとなるとなかなか骨が折れそうなのは理解できる。


「ラインハルトの魔力がべったりついてるんだよ。効きやしないけど、くっつきはするんだからなるべく避けてって言ってるでしょ」

「おー、あれを避けられる奴がいたら会ってみたいね」


 ぱたぱたと体をはたいてくるので、好きにさせておいた。知らない匂いがすると落ち着かないとかいう類のものだろう。半分人外の感覚は生粋のヴェルゲニア人、さらには魔術が使えない己にはわからない。


「……ブルーノさあ、治癒魔法が効かないんだから怪我しないでよ。今回は手加減してもらって、擦り傷くらいで済んでるからいいけどさ」

「後で薬塗ってもらう。お前も少し休めよ? 毒気にあてられたみてーになってるぞ」


 こくんと小さな頭が頷いた。衝動のままにくしゃくしゃと撫で回しておいた。




 王宮での存在感はなくとも王族は王族だ。前線基地を兼任しているとはいえ、ユディアに与えられた居城は広い。


「……なんだ?」


 だからこそ会うはずはないのだ。ザカライアはラインハルトの部屋の前を通らないようにぐるりと回って来た。あまり顔を見たくなかったのだが、目の前でうろうろしているのなら仕方がない。


「まさか迷った、なんて言うなよ。確かにここはそちらの家よりは広いが」

「……どうやらそのようだ」


 この城の間取りの話をしているときにラインハルトが上の空になっている気配はしていたが、どうやら何も聞いていなかったらしい。化物じみた記憶力を持っている一方で、興味のないことにはとことん疎いところがある。要は、集中力の切り替えの問題なのだろう。どうせこれまで辿ってきた道筋は覚えているのだ、場所だけ教えてさっさと部屋に入りたい。


「階が一つ違う。この部屋の……真下、だ」


 景色の良し悪しなどはどうでもいいのだが、ザカライアは日当たりのいい部屋を希望した。じめじめしていると胸に響くのだ。


「そうか。日当たりも良さそうだな」


 ザカライアはこの男が嫌いで仕方がない。こうした妙な察しの良さやどれだけ望んでも手に入らない強さ、図々しさを彼は全て持っている。


「早く休んだほうがいい。移動で疲れているんじゃないのか」


 無償の施しのように与えられる思いやりが何よりも一番嫌いだった。舌打ちをして逃げるように部屋に入っていった。


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