2-3:ザカライア、神の加護について語る

 英雄の血筋であると言われる割りにザカライアの体は華奢な部類に入る。もちろんユディアより上背もからだの厚みもあるが、ブルーノなどと比べるとどうしても文官然として見える。しかし、経歴書を見るには一つ隊を率いてヴェルゲニア北部へ遠征に向かい、オーレリウスから落ち延びてきた魔物の討伐を成功させるなど輝かしい経歴を持っているようだ。ヴェルゲニア北部は極寒の気候で山がちの地形を持っている。そこで陣を張り続けるのは並大抵のことではない。

 指揮に優れる武官かといえばそれだけでもなく、打ち倒した敵の数も目を見張るものがある。


「……僕が軍人には見えない、と?」

「さてはよく言われるみたいだね。軍にはブルーノみたいな大男ばかり居るのかと思ってたよ」


 ザカライアはくすりと笑ったが、どう見ても愛想笑いだ。隠す気すらないらしい。


「何も力だけが武力じゃない。魔術と知識を上手く使えば敵を倒すことは容易ですよ。……僕はまあ、死ぬはずの子供でしたからね。祝福を受けてなお体はそこまで強くはない」

「見せてもらってもいい? 神ってのは呪いや祝福を目に見える形で残すものだって聞くし」


 印を残すのは信仰を獲得するのに有効な手段として神々がよく用いるのだ。少し眉を寄せて、ザカライアは首元を緩めた。赤い筋がいくらか胸元から伸びている。模様を描いているようにも見えるそれらは肌の上で小さくうねっていた。


「……随分強い祝福を受けているようだね。相当気に入られてるみたいだ」


 人間と異なる魔力機構を持つユディアには違うものが見えている。ザカライアのからだにはしっかりと神の力が宿っていた。否、これに生かされていると言って過言ではない。


「僕の母はオーレリウスの出身で。神の国オーレリウス……。腹の子供が生きて産まれることがないとわかった瞬間、母は故郷の神に縋った」


 大量の貢ぎ物とほとんど狂気となった己への祈りに気を良くした神は、腹の子供へ手厚い祝福を与えた。そうして産まれたのがザカライアだった。


「以来、僕は彼の国の神の祝福と共に生きています。ザイフリートの次期当主が決まらないのもこれのせいです。奴と僕の決闘は前例がないほど引き分けが続いている」

「へえ、そういうこと」

「本来ならば三合打ち合うまでもなく僕は打ち負かされているはずだ。互いに手は抜いていない、でもこれが事実なんです」


 ザカライアは小さく息をついた。経歴書の特記事項にあったが、彼は肺や気管に難を抱えているらしい。おそらくは死んで産まれる子である運命を捻じ曲げたからだ。


「神の加護を捨てちゃったところでどうするの? ……君の立場を強固にしているものだ、それを無くしたがる理由がわたしにはよくわからない」


 きっちりと衣服を正したザカライアがこちらを向く。もとより暗い瞳はこの問いかけにどんよりと曇ってしまった。


「その立場こそが理由なのです。……僕は僕の家を正すために父たちの前であの男に敗れなくてはならない」


 光のない目がじっとりとユディアを射る。あえて視線を逸らさずにそれに答えた。


「神の力をどうこうするってのはわたしには無理。神域に踏み込むだけでもどうか」


 限定された神々の活動地域の中では外の理は一切通用しない。その地の主人たる神の意思一つで全てが決まってしまうのだ。せいぜい半分が人外というだけではどうにもならない差がそこにはある。


「協力しないとは言ってないよ。ただ、少なくとも今はできない。理解してくれるよね?」

「ええ、もちろん」


 ザカライアはくいと口角を上げてみせてはいるが、やはりそれは笑んだ顔には到底見えないものだった。


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