二章:邪竜討伐
2-1:ユディア、邪竜殺しの末裔たちと会う
「ブルーノ、英雄の話を知っている?」
「どうしたいきなり。……お前よりは知ってると思うぜ。弟たちに話して聞かせてやってたしな」
頭の良い人間の話は少々飛躍が過ぎるのが通例らしい。ユディアとブルーノは王宮での用事を済ませ、久々に田舎の居城に戻ってきたところである。今回はヴェルゲニア国第一王子との謁見にまで付き合わされ、平民出身のブルーノとしては息苦しくて仕方なかった。ユディアもずっとふて腐れていたように見える。
早朝からの移動に疲れたのか、ユディアは先ほどまで男の胸にもたれてまで馬の上で眠っていた。幼い頃からの定位置なのだ。
「む、自信満々だね。……じゃあ、この国の邪竜殺しの英雄のことはどう?」
「『邪竜殺しヴォータン・ザイフリート』か。一番メジャーなやつだろ、それ。『昔々ある所に人々を苦しめる悪い竜がいました。竜はどんな山よりも大きく、口から火を吹いてどんなものも燃やしてしまいます。困った人々は、国で一番力の強い男に竜の退治をお願いします。男は不思議な鍛冶師が特別に作った剣と盾を持って勇敢に戦います。そして三日三晩戦い続け、ついには竜の首を切り落としました。悪い竜がいなくなったあと、人々は幸せに暮らしましたとさ』だったっけか?」
つい小さな弟たちに話すような口調になってしまったが仕方がない。邪竜殺しのこの童話自体は珍しくも何ともないもので、それこそ掃いて捨てるだけあるものである。飽きっぽい弟たちには仕掛け絵本のようなもので読み聞かせてやったものだ。
「その話に後日談があるっていうのは知ってる? ……まあ、知らないだろうね。邪竜殺しの英雄には二人の息子がいてね、どちらが家の名を継ぐかでもめたんだ。双方武術と魔術の両方に秀でていて、人望も篤い。どちらが継いでも良かったんだ」
英雄の息子、兄と弟その両方が家名を継ぐ名誉を望んだ。どちらを選んでも家の将来は安泰だった。邪竜殺しの英雄は決めかねた。竜を殺すのにかけた時間よりずっと考えた後、彼は言った――『より強い方が家督を継ぐこと』。
かくして、決闘は行われた。
「笑えるでしょ? 血を分けたもの同士で決闘をしたんだ。……結果は弟の方に軍配が上がった。彼は容赦なく兄を殺したんだよ」
「リュカお前、何でそんな話を」
小さな顔がこちらを向いて、綺麗な笑みの形をとる。そのくせ目は意地悪く光っていた。
「この話が史実だからだよ。邪竜殺しの英雄の子孫がこの国にいるんだ」
つまるところ、その子孫の来客があるからこそこの話をユディアはしたらしい。ブルーノは居城に着いてすぐ、珍しく礼服を着るように言われた。それなりの地位にある相手らしい。
「先祖の威光ってだけじゃないんだ。この国の軍部に席がある」
ユディアに伴って入った応接室には男が二人待っていた。受ける印象こそ大きく異なるがどちらも出で立ちに隙はない。ユディアが立ち上がって迎えた二人に座るように言った。こういう立ち振る舞いはきちんと王族に見える。
「始めまして。僕はザカライア=ヒルデベルト・ザイフリート。ザイフリート家現当主の、弟の方の家系のものです。……こちらは兄の家系になります」
一人が口を開いた。ザカライアと名乗った方だ。穏やかな口調の割りに目は酷薄な色をしている。少し異国の面差しのある青年だった。
しかし、端正な顔立ちといい洗練された物腰といい、とても軍部に席のあるような人物には見えない。
「ラインハルト=バルタザール・ザイフリート。よろしく頼む」
ラインハルトの方は手短に名乗るだけで終わらせた。どうにも口が重そうに見える。ザカライアと家系が同じらしいが、顔立ちはほとんど違う人間のそれだ。
「うん、よろしく。二人は今日付けでわたしの指揮下に入ることになったんだ。君と行動することもあるだろうから、その時は頼んだよ。ブルーノ、自己紹介して」
「おう、ブルーノ・バウアーだ。リュカ――ユディア王女の家臣って名乗っとくな。俺たちもこの城に来てからは長くない。よろしく頼むぜ」
城主がのらりくらりとしているものだからあまり実感はないが、この居城を貰い受けることになった建前は現在交戦状態にある東の国への牽制のためだ。ヴェルゲニア王国としては軍事行動の最前基地の一つなのである。ブルーノは総指揮のユディアの護衛として、客人二人は戦力としてここに転属されたことになる。
「にしても、変わった挨拶の仕方だな。兄の家系だの現当主だのって」
「……俺たちの家系の流れは有名だからな。家督のありかを気にする奴らが多い」
ラインハルトが重たげに言う。先のユディアの語ったお伽話から考えるに、彼らは竜殺しの英雄ザイフリートの二人の息子それぞれの子孫ということなのだろう。
「ユディア王女。貴女の麾下に入れば僕の望みを叶えてくれる約束のはずでしたが」
「忘れてないよ。……内容は今日聞くってことだったけど」
ザカライアの転属の理由はかなり俗っぽいものだった。名門の武家の出で叶えられないものが果たしてあったのだろうか。
「……捨てたいのです、神の加護を」
ユディアがはっと息をのんだ。目の前の男がゆるりと笑む。瞳の色は冷たいままだった。
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