1-14:ギデオン、呪術を理論化する

「ほ、ほんとにやるのね。……ひとまず、いらっしゃいませ」


 ギデオン、アーサー、エイベルと雁首揃えてエリザベスの店にやってきた。ごろごろと店先に並べてある魔道具を眺めて、三者三様の反応を示している。


「さて。まずは呪術を行う場を見せて頂けると嬉しいですぞ」

「わかりましたわ。……こちらへ」


 エリザベスは奥の部屋へ入っていく。店の表もかなりジメジメしているのだが、足を進める度に湿度が増していっている感じがする。端的に言うと嫌な感じがするのだ。生理的に厳しいというか。

 最後の砦のように間を仕切っていた扉が開いた。中にはびっしりと魔道具、いや呪具が置いてある。


「なんだかお恥ずかしいものを見せてる気分ね……」


 好きにご覧になって、と言うのでギデオンは手近にあったぼろぼろの人形を手に取った。アーサーは箒に似たものを、エイベルはペンダントを手にしている。


「そちらの人形は呪い返しを押し付けるものですわ。自分の髪の毛を縫い込みますの。ぼろぼろなのは随分呪いを返されたから。箒はこの辺りのマナを整えるものね、直感的でしょ。ペンダントはそれ、魚の鱗よ。百年生きた言葉を話す魚。干物になるまで呪いの言葉を話していたと言われてますの。掛けてる人の呪いの詞を呪術に変えてくれるわ」


 エイベルはぼとりとペンダントを取り落とした。アーサーはギデオンの持っている人形に目が釘付けだ。


「呪術は返されるリスクがあるから、仕事としてお受けする際にはかなりのお代をもらっていますわ。危険なの」

「ほうほう」

「……もしかしてこれ、実演の流れかしら」

「是非とも。実は、私は呪術を目の前で見たことがないのでして」


 ギデオンはにこにことエリザベスへ笑顔を送っている。アーサーは彼女がギデオンを「ナイスミドルだと思う」と言っていたのを聞いている。つまるところ、エリザベスはギデオンの紳士的なお願いには弱いのだ。


「は、博士が言うんなら、仕方ないかしら」


 エリザベスは少し頰を赤らめている。こういう姿を見ると呪術などという恐ろしいものとは無縁の女性にも見えてしまう。


「……そうね。サンプルは近くに居るのがいいでしょうし、アーサー、あんたを呪うわ」

「えっ……えっ?」

「大丈夫よ、あんたに特に恨みはないからちょっと具合が悪くなるだけ」


 エリザベスはいくつか道具を手に取ると、妙に傷の多い机の上にそれを置いた。傷の大半は爪痕のように見える。それから、アーサーの髪の毛を一本引き抜いていった。


「一番単純な呪術を行いますわ。必要なのは呪う相手の髪の毛とか爪とか。血液なんかにするとより効果的ですわ。それをこの人形の背中に入れますの」


 アーサーの金色の髪が人形の背中に押し込まれる。この人形は呪う対象と似た姿のものを選ぶらしい。アーサーと同じ、金髪で緑の目をした人形だった。


「人形をここに置く。この机は呪い殺された人々の爪痕だらけで、呪いの成功率を上げてくれますの。マナが邪魔しないようにさっきの箒で掃いたりもしますわ。今回はうまくいきすぎたら困るからやらないけど」

「そうしてください助かります僕そんな呪いなんてそんな」


 エリザベスは少し考えて、そして普段から身につけているケープとブローチを外した。代わりに指輪を取ってきて嵌めている。やり過ぎたら困るから、らしい。指輪は制御装置のようなものという。聖女の流した涙で出来た代物だとエリザベスは言い捨てた。彼女とは相性が悪そうではある。


「このケープはおばあさまが作ってお母さまにくださったものなの。おじいさまを死なせ、おばあさまに酷いことをした男を呪い殺して、その死体で育てた牧草を食べた羊の毛なの。男の一族皆呪うために作られた呪具でね、おばあさまの恨みと涙が染み込んでいるのよ」


 確かに持たせてもらうと、普通の羊毛でできた物より重い。美しく模様まで編み込んであるこのケープが仕上がるまでに一体どれほどの恨みごとがこぼされたのだろう。考えたくもない。


「ブローチはお母さまが作ったのよ。とても綺麗でしょう。アタシの父の骨でできていますの。あの男はね、お母さまを裏切って、別の女と逃げたのよ。結局お母さまに捕まって殺されちゃったわ。女の方があんまり上手に姿を消すものだから、父の頭蓋骨を取り出して父の歯で削ってこのブローチを彫ったのよ。アタシを膝に抱いて、裏切った男の名前を呼びながら一枚一枚花びらを彫ってた」


 黒いケープも真っ白なブローチも両方立派な呪具なのだという。ケープは呪いの威力を増し、ブローチは対象が逃げられないようにどこまでも追いかけて呪いをかける手助けをしてくれるらしい。話しているうちにノってきたのか、エリザベスの口調が怪しく研ぎ澄まされていく。


「……女の方? 死んだわよ。お母さまが追いかけていって、どこかの崖の上から突き落としたんですって。あいつは魔女だったから、呪いでがんじがらめに縛り上げて二度と起き上がらないようにしたんですって。アタシもいっぱい呪ってきたわ。……公爵は結局奥さんと別れるつもりはなかったみたいだからずうっと一緒にいられるように縛り上げてあげたし、実業家のボーヤはいつまでも挑戦できるように永遠に成功できない呪いをかけてあげてるわ。一回めの婚約破棄してきた馬鹿は顔が良いのを使って結婚詐欺してたのよ、だから内面の醜さが出るようにしてあげた。二回めは次こそ成功させるからって婚約をちらつかせてアタシのお金を持ってった……全部賭け事に使ってたみたいだから賭場から離れたらからだから火が出るように呪ってやった。三回めは騙した女の数が尋常じゃあなかったわ、だからアタシその女のところ全部回って呪いの詞を受け取ってきたの、それからアタシを騙してたのとおんなじ日にちをかけてその呪いを捩り合わせによじり合わせて……呪いの縄が解けるまで死に続けるようにしてやった……一人呪うも五人呪うもおんなじよアタシはどうせもういいところには行けないわ百人だって千人だって呪ってやる。不幸になれ、なるがいい、絶対に許さない、死んだって、死んでも離してやるものか」


 ギデオンの隣に立っていたアーサーがうめき声を上げて崩れ落ちた。慌ててエイベルが蹲ったその顔を覗き込む。普段は健康そうなアーサーがエイベルと同じくらい顔色を悪くしている。ギデオンは少し心配そうな様子を見せたが、まずは素早くアーサーのからだの魔力を探査した。


「エリザベスくん、そこまでで。もう十分ですぞ」

「……あら、失礼。入り込んじゃってたわ」


 ギデオンはアーサーを助けて床に座らせた。それから、ギデオンは彼の体内魔力を整えていく。


「呪術の機構はどうやら、我々の魔術とは少し異なるようですな。魔術は体内の魔力を用いて外部のマナに働きかけ何か事を行います。しかし、呪術は直接対象者の体内魔力に働きかけるようですなあ」

「あー、言われてみれば、そんな感じしました……き、きもぢわるい……」


 ギデオンが魔力を整えたのでアーサーは幾分体調を取り戻した。まさしく彼の言う通り、マナではなく魔力に働きかける機構を持っているのだろう。


「女性の魔力機構が男性とやや違うのはすでに研究結果が出ておりましたなあ」

「子供をからだに宿すから魔力に対する感受性や適応力が高いってやつか。腹のなかの赤ん坊なんぞは別物の魔力やマナの塊なわけだしな。……何かで読んだ」


 やや引いていたエイベルが少し自分を取り戻して応える。アーサーは床に這いつくばったまま小さく頷いた。


「呪術は女の方が向いているって、そういうわけだったのね。アタシてっきり怨みの念なんて女の方が強いからかしらと思っていたわ」

「男でもそういう奴は居る。……呪術に走るかは知らんが、まあ向き不向きを直感的に理解してるってことだろう」

「呪術の才能は個人を強く憎めるかどうかって代々言い伝えられてますわ。あとは道具をうまく使いこなせるかどうか」


 ギデオンは少し考える素振りを見せる。


「それに関しては対象をより具体的に絞り込めるかどうかというところなのでしょうな。魔力を用いてマナに働きかけるのは簡単な事ですが、他人の体内魔力に直接作用させるのはかなり難しい。対象を極限まで絞り、道具の手を借りて魔力へ働きかけていく……まあ、そういうところでしょう」

「……僕が犠牲になった甲斐があったようでなによりです」


 どうやら呪術の理論の基礎は立ったらしい。アーサーの献身に、ギデオンは満足そうにしていた。

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