1-10:アーサー、怪しげな店にお使いに行く

「お使いですか。構いませんよ」

「済まない、アーサーくん。私が行くべきなんだろうが、彼がこんな状態ではね。置いてはいけない」


 今日のマナ計測器の針は危険域を優に越してしまっており、エイベルは全く使い物にならなさそうな様子である。ギデオンはこれから部屋を結界で閉じてマナ濃度を下げる処置を取ると話している。丁寧な作業が要求されるので、この部屋の中に彼の存在が必要になるのだ。

 お使いは道具屋に注文していた物を取りに行くだけの簡単なものだ。日時が細かく指定してあるため、必ず誰かが行かなければならないらしい。相手がなかなか気難しいのだという。


「……君ならまあ、大丈夫でしょうな」


 じっと顔を見られたあと念のため、と紹介状を持たされた。魔力サインによる本人確認のできる正式なものだ。


「あの、僕どこに行かされるんでしょうか」

「行けば嫌でも分かりますぞ。さ、急いで」


 不安を胸に抱えてアーサーは研究室をあとにする。避けられなかったとはいえ、この後の地獄をもう少し真面目に想像していれば良かったと彼は後年話すことになるとは毛ほども思っていなかった。


 アーサーは街の裏道を抜けて、長く住んでいるくせに見覚えのない方へと入っていく。なんだかじめじめとしていて居心地が良くない。時折すれ違う人々は皆荷物を大切そうに抱え顔を伏せて足早に通り過ぎようとしている。


「……これは良くない」


 ギデオンが懇意にするには少々趣味が異なるのではないだろうか。見えてきた店はおどろおどろしい気配が出入り口まで這い出てきていた。扉を開くとがらりと鈴の音がする。


「あのう、注文していたものを取りに来ました」


 自然と声が小さくなっていく。呼び鈴とアーサーの呼びかけで奥から出てきたのは女性だ。黒いケープを真っ白なブローチで留めているのが印象的だ。影のある美女と言ったところだろうか。たぶん、この店の主人だ。


「……なあに?」


 女主人はじろじろとアーサーの顔を見てくる。上から下まで舐めるように見回され、ふんと鼻で笑われた。


「博士が注文していたものを取りに来ました。……本人はどうしても手放せない用事ができてしまって。あ、これ紹介状です」

「ふうん。あら、ほんと。博士からね。あんたのことが書いてあるわよ」


 品を取りに行くと彼女は奥に引っ込んで行った。ぐるりと店内を見渡すと数々の道具が並んでいる。錬金術の実験に使用するものや魔術の補助をするもの、お守りまでもが揃えられている。魔術道具学概論は大学でかじる程度に学んだことがあり、用途を思い出すことは難しくない。アーサー愛用のマナ吸引機もあった。


「……なんで呪具が多いんだろう」

「そりゃあそういうお店だからよ。はい、頼まれていた物よ。お代は先に貰ってるから持っていってちょうだい」


 ぽんと袋を預けられる。中を覗くと珍しい道具が入っている。


「あれ、空間固定の補助具とマナの除去装置だ。あんまり使わないのに」

「分かるの? やるじゃない。博士のご要望が多くて時間かかっちゃったのよ」


 マナの濃縮除去は研究室ならギデオンが一人で済ませられることだ。購入の必要があったのだろうか。


「囲う体積が多い場合の補助具よ。具体的には屋外と広い室内ね。それと、これは地面に設置するんじゃなくて人に装着するものよ。マナ酔いしやすい人向けのなんだけど、制限値がすごくシビアだったわ。何に使うのかしらね」

「あー、ピンときました」


 前回の実験の時にエイベルがマナ酔いでふらふらになっていたのを思い出した。ギデオンとユディアの二人で面倒な術式を嬉々として繰り返したせいでマナが落ち着かなくなっていたのだ。エイベルは虚勢を張っていたがどう見ても限界だった。意地だけでその場にしがみつき、最後には糸が切れたように倒れてアーサーが看病をした。


「博士によろしく伝えてちょうだい。……あんたくらい中途半端な顔でお金もなさそうならアタシに道具の依頼をしてもいいわよ。じゃあね」

「あっ……ハイ……」


 人の心なぞ、美女の一言で軽くへし折られてしまうのが今日分かった。




「何をそんなに落ち込んでいる。気持ち悪いぞ」


 怪訝な顔のエイベルに迎えられた。赤く輝く石を暇そうに手のひらで弄んでいる。この部屋の濃縮されたマナ結晶だろう。


「……僕の顔って微妙とか中途半端とか表されるものですか。いや、イケてるとは思っていません。忘れてください」

「……普通、じゃないのか」


 よりによって半病人のエイベルに気を使われてしまった。やる、とばかりに赤石が投げてよこされた。


「あ、博士。頼まれたものです。……あの女性、何者ですか」

「ありがとう。ふむ、彼女――エリザベスくんのことは話すと長い。……優れた道具作成能力と呪術の知識の持ち主と言っておきましょう。多少、男性に対して不信感が強いところもありますがね」


 アーサーはふっと学生時代のことを思い出す。道具作成と呪術の講義を概論だけでやめてしまった理由のことだ。

 女の子が多かった。講師も女性だったはずだ。なぜかそのどちらも暗くじめじめしていたのだ。彼女たちは道具作成の実技で鬼気迫る勢いで呪具を作り上げ、呪術講義の前後では恨み言のすすり泣きを響かせていた。恐怖を覚えて、応用編を履修しなかったのだ。


「……未だ女性の方が得手とする魔術が、道具作成と呪術と言われていますな。感情のあり方が我々と異なるといいますか、ううむ、」

「感情的になりやすいだけだと言ってやれ、博士。残念ながら、俺たちには分からん世界がある」


 三様に黙り込んだ。しんと静寂が降りてきた。


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