1-4:ギデオン、アーサーとエイベルを引き会わせる
「私の知り合いでね、非常に優秀な人物です。ローレンソンくんの意見は参考になる。ローレンソンくん、彼はアーサーくん。私付きの助手です」
「……エイベル・ローレンソンだ。博士には大変世話になっている」
二日後に帰ってきたギデオンが連れていたのは十代の少年だった。ハイスクールも出ていないくらいの歳だろうが、アーサーを睨め付ける視線は妙に冷たい。
「彼……彼だな。彼は少々厄介な体質で。詳しいことは後で話します。今は少し休ませてあげましょう。ここまでの旅程で疲れているようだ」
顔色は確かに良くない。病人と言ってもいいだろうが、こちらに向かって舌打ちをしたのはいただけない。
「……お前の頭には何が詰まっているんだ」
「博士、なんですかこの人!」
「どうしましたか、どこか痛むのでしょうか? 機嫌がよろしくない」
ひょいと表情を覗き込む様子は随分と親しげに見える。ギデオンとエイベルとではあまりに人間性が釣り合わないと、アーサーにはそう思えてしまう(ギデオンだって相当な性格ではあるが。まあ人をいきなり罵ったりはしない)。
「俺は、何も考えずに魔術を使役する連中が大嫌いだ」
指摘されてアーサーははっとした。メモでも取ろうかと何気なくペンを取ったのは簡単な物質移動の魔術を使ってのことだ。探ってみれば、目の前の少年からはまともな魔力の流れが感じられなかった。
「……さて。ローレンソンくんに起こっていることについて話しておきましょう」
空いている部屋へエイベルを案内したギデオンはアーサーが紅茶を淹れ終わったほどに戻ってきた。
「ローレンソンくんの体内の魔力経路についてはもはや話すまでもないでしょう。アーサーくんも感じた通りです」
めちゃくちゃであるということだろう。あれではまともに魔術を扱うどころの話ではない。
「彼はもともと魔術を扱えない側の人間だったようで。そういう人々が多少なりとも居るのは君も知っているでしょう?」
「ええ、まあ。実際に会ったことはないんですけども」
「でしょうなあ。ここヴェルゲニアでは少数派ですからな。……しかしローレンソンくんはそうだった」
ギデオンは紅茶を一口飲み、中央にアーサーが準備していたチョコレートを摘んだ。
「彼は魔術を扱うことに憧れ、彼なりの研究を始めた。そしてたどり着いたのが私の理論魔術について述べた論文だった」
『体内の魔力がゼロの人間はヴェルゲニア国には存在せず、それがあまりに小さいためマナに働きかけることができないだけである』。エイベルが辿り着いたのはその理論だった。ギデオンの理論魔術の基礎根幹ともなることの一つだ。
エイベルは魔力がないために術が使えないと思っていた考えをぶち壊され、希望を持った。そしてギデオンの作った魔力計に改造を加え、己の体にも魔力が存在していることを突き止めたのだという。
「あとは「これを増幅させるだけだ」とローレンソンくんは人体改造を始めてしまった。私が理論化した魔術を元に独自の増幅式を作り上げ、己の肉体に直接書き込むことで、彼はこれに成功した」
魔力増幅魔術については早い段階で理論化を行なっていた。早い話軍事利用のためだ。王宮付き魔術師として勤めていた時の成果の一つとなっている。武器に「魔術式」を書き込むだけで効果を発揮するので軍部からの評判は悪くなかったが、肝心の魔術部からはすこぶる嫌われる原因ともなってしまった。
「ローレンソンくんが夢を見られたのはほんの少しの間だけだった。あまりに繊細な「魔術式」は肉体の代謝に耐えられず崩壊し、彼はこの世の理からずれたからだになってしまった。年齢や性別は日によって変わるものになり、大気中のマナに敏感な体質に変化した。視力聴力の極端な低下に節々の激痛。……短い夢に払った代償は大きいものになってしまった」
アーサーは視線を落とす。あまりに悲惨な話だ。魔術を使えないことがそれほどまでにエイベルを苦しめていたのだ。
「彼に優しくしてくれとは言わずにおきましょう。同情は一番嫌うことでしょうからな。しかし、ローレンソンくんの事情については留意しておいて頂けると助かります」
「……わかり、ました」
二人はしばらく黙ったままでいた。湯気の立っていた紅茶はすでに冷たくなり始めている。
「貴方の助手は頭に枯れ草でも詰まっているようだが、なかなかどうして菓子作りはうまい」
博士のために焼いておいたスコーンが客の口に次々と消えていく。ジャムやクロテッドクリームも遠慮なくたっぷりと塗っている。
「彼を雇った理由の一つくらいですから。我々頭脳労働者には糖分が欠かせない」
魔術師と甘いものは切っても切れない関係がある。男性でも好んで食べるものが多いと言われている。上級の魔術を扱うものになればその度合いを増していく傾向もある。
バターと砂糖多め、レーズン等混ぜ物は一切なしのスペシャルレシピのスコーンにホイップクリームやチョコレートソースをかけて食べるのが博士流だ。
結局、アーサーの特製スコーンは博士が指一本触れる前に全て客人が食い尽くしてしまった。
「おい、今度はクッキーでも焼いておけ。研究の合間に摘めるからな」
「私からも頼みますよ。……そうですねえ、これまでの倍がいいでしょう」
「あはは……わかりました……」
なんだ元気そうじゃないかと口に出かけたがすんでのところで押し込んだ。尊大な客人が人にものを頼むのが彼なりの褒め言葉だと後になってギデオンに聞かされたのだった。
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