1-2:ギデオン、自己紹介する
しゃくり上げる子供が落ち着くまでギデオンは待った。その間に、少しばかり観察を行う。
眼鏡や服は全てサイズ感が合っていない。一応男物のようではあるが、目の前の子供の頰の丸みを見るになんとか女の子に見えないこともない。
「あー、失礼。君はミスター、それとも?」
「……そうか、そう言うのがあるんだったな」
子供はその質問で少し虚を突かれたのか、涙を引っ込めた。それからからだをあちこち触って何やら確かめている。
「今日は、女だな。女の子供だ。それでいいか、博士」
「今日は? それは、どういう」
子供は少し嫌な顔をする。あまり話したくないことのようだ。しかしそれで引くようなギデオンではない。じっと口を閉ざして続きを話すのを待った。
「……このからだは狂っている。年齢も性別もその日その日で変わるんだ。昨日は青年、今日は女の子供、明日は老婆、明後日は老人と言うようにな」
「なんと」
さしものギデオンも閉口した。様々に魔術実験を行なっていた王宮で口にするのも憚られるような事物を見てはきたがこれほどのものもそうはあるまい。
「……私は君に何かしてあげられるでしょうか。私をここへ呼んだからには、何か係累のあることなのでしょう」
「博士、そんな痛ましいものを見るような目はしないで欲しい。これを貴方が気に病むことはない。俺が自分でやったことだし、何よりこの結果を失敗とは思っていない。……ただ、俺の体に何が起こっているのかを知りたい。貴方に調べてもらいたかった」
子供は服の袖をめくって見せる。それだけでギデオンには十分だった。目に飛び込んできたのは体のあちこちに書かれた「魔術式」だ。焼き付けたり何か硬いものを埋め込んでいたりする部分もあった。ある種の狂気を感じる。一言断ってそこへ手を触れ、ギデオンは眉を寄せた。
「一言でいえば、通常ではありえない魔力の流れになっていますな。……この辺りで増幅したものが出口を見つけられず体内で爆発している。それが他の部分でも起こっていて、どれもが流動的。一つを正常に戻そうとすると他と齟齬をきたす。……ありきたりですが、地獄の苦しみでしょうな」
「そんなところだろうとは思っていた。まあ、あの素晴らしい時間と比べれば今は地獄でしかないだろうな」
腹が立つほどにめちゃくちゃな彼女の体内の魔力流は、ある程度流路を作ってやることで僅かに操作できるようになった。氷のように冷たかった指先にも少しばかり温度が戻っていた。
「このように操作できるとはいえ、多少の痛みや違和感を取る程度。しかも私が触れている間だけ。……うむ、あまり意味がない」
「十分だ、博士。そのおかげでこうして貴方と話ができる。最高だ」
「だがこうしていると君は自由に活動できませんからなあ」
「俺のことは実験動物か何かかと思ってくれ。人権などない。好きに扱ってくれ」
痛みが多少引くと子供はよく話した。だが、どうにも内容の半分は自虐である。ギデオンはそれを諌めてはみたがあまり効果はなさそうだった。しかし褒めるとかなり照れる。聞けば、ろくな人付き合いをしてこなかったという。
「では、私を君の友人一号ということにしましょう。幸い、君とはいくら話しても話題は尽きぬように思えるので」
「友人か。……博士、俺だけはやめておいたほうがいい」
照れると黙り込む。一つ踏み込んだところは随分と可愛らしい性格をしているものだとギデオンは感心した。
「友人には名前を訊かなくては。――私はギデオン。ギデオン="グレイベアド"・クラーク。……っと、グレイベアドは剥奪された名前でしたな、失礼」
「博士こそ、自虐は似合わない。……エイベル・ローレンソン。貴方の好きなように呼んでくれ」
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