第134話 クリスタとカルマの関係


「建前上は上位貴族に授けられたって形になってるけど、『金銭的貢献』って名目で対価を払ったんだから同じことだな? まあ、一代限りの準男爵の地位なんてさ、金さえ積めば誰でも手に入れることができるだろう?」


 ランバルト公国の首都オルフェスの街中を歩きながら、カルマは当然と言う感じでクリスタに説明した。


「クロムウェル王国だって、似たようなものだろう? こんな話でクリスタさんが驚く方が俺としては意外だな」


「……そうね。否定はできないわ」


 クロムウェル王国でも、国や地域に貢献した平民が準男爵の地位に就くことは決して珍しいことでなく、爵位を授かる者の多くが商いで成功した商人だ。

 その財力によって地域の発展に貢献したと言えば聞こえは良いが、結局のところ、財力を測るのは貴族に渡した『献上品』だ。


「まあ、準男爵なんて爵位としてはほとんど価値がないけどさ? それなりに身分保障にはなるし、貴族たちに接触しやすくはなるだろう――金を持ってるって宣伝してるようなものだからさ?

 それともう一つ、貴族の任命権があるのが大きなメリットかな? アクシアやレジィを騎士にすれば、あいつらもランバルト公国で動き易くなるだろう?」


 という感じでカルマが語ったことに――クリスタは素直に感心した。

 もっと好き勝手に、常識など無視してカルマは行動するかと思っていたが全く逆で、用意周到と言うか、世の中の仕組みというものを良く解った者のやり方だった。


(カミナギは本当に外国の貴族……なんてことは無いわよね?)


 アクシアの正体は竜王だと解ったが、それではカルマの正体は?

 クリスタは何も知らないから、当然興味はあるのだが――直接訊くことを躊躇っているのには幾つか理由がある。


 アクシア以上にとんでもない存在だと言う可能性があるから、訊くのが怖いというのが理由の一つ。詮索好きの女だと思われたくないと言うのが、もう一つの理由だが。


 一番の理由は――もしカルマの正体がアクシアに近しい存在だとしたら……それを知ってしまえば、二人の間に入り込む余地が無くなる気がして、どうしても訊くことができないのだ。


「……うん? どうしたんだよ、クリスタさん?」


 そんなクリスタの気持ちに気づいているのか解らないが、カルマは素知らぬ顔で明け透けな笑みを浮かべる。


(……ホント、カミナギって嫌な奴よね?)


 カルマといると、人の気も知らずらにって殴りたくなることも度々だけど――こうして肩を並べて歩いているだけで嬉しく感じることは事実だから、認めるしかないのだ。


(私は……カミナギのことが……)


 半ば無意識のうちに横顔を見つめていると――不意にカルマがこちらを向いて視線が合った。


「え……」


 思わず赤面するクリスタに、カルマは意地の悪い顔で言う。


「クリスタさん、目的地に着いたからさ?」


 裏通りにあるその建物は如何にも場末の酒場という感じで、要人と会う場所とはとても思えなかったが――貴族たちが秘密の会談に場所を好んで使うことをクリスタは知っていた。


 しかし、こんな時間に酒場が開いている訳もなく、『CLOSED』の看板の前にカルマとクリスタが立っていると――


「さあ、中へ入りましょう……」


 クリスタに気を遣って二人の少し前を歩いていたロンギスが、そう声を掛けて三人は裏口に回った。


 声を掛けるでもノックするでもなく、ロンギスは勝手知ったる感じで勝手口の扉を開けて中に入っていく。


 クリスタも後に続くと、そこは厨房で店の主人らしき男が何か作業をしていたが――彼らが入って来たことに当然気づいている筈なのに、全く反応を示さなかった。


「魔法を使っている訳じゃないからな?」


 カルマに内心を言い当てられて、クリスタは顔を顰める。


「そのくらい……私だって解っているわよ?」


 カルマの方が世慣れていると認めることが、クリスタは少しだけ悔しかった。


(カミナギって……私より年下?)


 見た目は明らかにそうだし、態度や言葉遣いだって大人びた感じはしない。


 勿論、そんなものでカルマを測ることができないことは解っているけど――相手に気を遣わせない明け透けな感じのカルマの距離感も、クリスタが好きなところだった。


(今度……年齢だけでも、訊いてみようかしら? でも……本当に年下だっら、どうしよう?)


 そんなことを思いながらクリスタが階段を昇って個室に入ると――

 中には先に部屋に入ったロンギスと、奥の椅子に座る二十代後半の男がいた。


 最後に部屋に入って来たカルマが扉を閉めるなり、男は立ち上がる。


「クリスタ・エリオネスティ殿。ようこそ、ランバルト公国へ……会うのは初めてだと思うが、私はジョセフ・ランバルト。ランバルト大公の第三公子だ」


「ええ、初めまして。ジョセフ・ランバルト殿」


 想像していた以上の大物の登場に――クリスタはジョセフと挨拶を済ますと、すぐに横目でさり気なくカルマを見る。


(期待外れで申し訳ないけど……クリスタさんが思っているほど、こいつは役に立たないからさ?)


 直接頭に伝わるカルマの思念に――ジョセフの手前、クリスタは不機嫌な顔をすることもできずに苛立ちを覚える。


(いきなり役に立たないとか……私の表情から相手に伝わったらどうするつもりよ? 全く! ホント、カミナギは性格が悪いわよね!)


 そんなクリスタの内心に、カルマはわざとらしく気づかない振りをして話を進める。


「では早速ですが……ジョセフ殿下? 死の山岳地帯のアンデッドの動きに、その後変わりはありませんか?」


「ああ、その通りだ。全く……どうせ攻めてくるのであれば、さっさとして欲しいものだがな」


 クリスタがいることを意識してか――ジョセフはランバルト公国で起きていることについて、掻い摘んで説明を始めた。


 現在、ラインバルト公国の北部には、死の山岳地帯からアンデッドの軍勢が押し寄せていた。

 山岳地帯は防壁によって封鎖されているので簡単に突破されることはないが、活発化を続けるアンデッドによって、その防壁も徐々に崩壊しつつあった。


「最悪なのは、防壁を領内に持つ貴族たちが、被害状況を正確に伝えてこないことだ。その理由は明白で……彼らはアンデッド如きに後れを取っていることを、他の貴族に知られたくないのだよ? まったく見栄を張るのも大概にして貰いたいものだな」


 死の軍勢に防壁が突破されつつあるという危機的な状況を、ジョセフは実に気楽そうに説明した。

 まるで、遠い外国で起きている事件を、噂話として面白可笑しく語るように――


(……クリスタさん、解っただろう? こいつにとっては完全に他人事なんだよ?)


 再び聞こえたカルマの思念に――今度はクリスタも文句を言うことなく、さりげなく横目で合図を送る。


(……どういうことよ?)


(防壁を守っているのはジョセフとは別の派閥の貴族だから、被害が出てもこいつには実害はないし、そもそもアンデッドを本気で脅威だなんて考えていない。これまでもアンデッドの襲撃は何度もあったが、大した被害は出てないから高を括ってるんだよ)


 カルマは思念で応えながら、したり顔で笑う。


(それでも、ジョセフが協力を申し出たのは……竜族に対して自分が有能だとアピールするためさ。自分の立場のこと以外、こいつは何も考えてないよ)


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