第133話 ランバルト公国へ


 クリスタがお茶を飲み終える頃、カルマは唐突に言った。


「じゃあ、とりあえず一回ランバルト公国に行こうか? 一応、向こうの協力者と今日会う手筈になってるんだよ」


「……そんな話、聞いてないわよ?」


「ああ。今初めて話したからね?」


 非難がましく睨むクリスタに、カルマは何食わぬ顔で応える。


「でも、クリスタさんだって、早く動きたいだろう?」


「そうだけど……」


 いつものことながら――クリスタは今一つ納得できなかった。

 そういうことなら、普通は先に説明くらいしておくものだろうと思う。


「まあ、良いわよ。そうと決まれば、すぐに出発しましょう。今回もカミナギの転移魔法で移動するんでしょう?」


「ああ、そうだけど……今すぐ転移して良いのか? 俺は別に構わないけどさ」


 いきなり転移しそうな雰囲気にクリスタは慌てる。


「ちょっと……待ちなさいよ! 人と会うんでしょう? 相手と場所次第で、服装を変える必要があるじゃない。会うのはそれなりの地位の人よね? 場所は?」


 カルマの方は袖付きシャツにジャケットという外向きにシンプルな格好をしていた。


「まあ、一応相手は、でも要人かな? 場所の方は大したことないから、あまり派手な格好でと浮くと思うけど?」


「だったら、敢えて着替えない方が良さそうね。武装は解かなくて良いのよね? それにしても……」


 クリスタは立ち上がると、周囲を見回しながら訝しそうな顔をする。


「……何だよ?」


「大した話じゃないわ。この屋敷のことも、家具やお茶のこともそうだけど……ちょっとカミナギのイメージと違うかなって思っただけよ?」


「まあ、そうだよな? 俺だってそう思う。別に趣味と言う訳じゃないし、ここにあるモノは全部、体裁を整えるために魔法で揃えたようなものだからな?」


「何よ、結局魔法なんじゃない!」


 思わず女子力で負けたと思ってしまっとことをクリスタは後悔する。


「まあ、そんなことを言ったらさ。この屋敷自体がオマケみたいなものだけどな?」


「……どういうことよ?」


 目を細めたクリスタがじっと見るが――


「その話は、今度ゆっくりするからさ?」


 カルマは素知らぬ顔で笑うと、転移魔法を発動させた。


※ ※ ※ ※


 転移した先は、ランバルト公国の首都オルフェスにある貴族の邸宅だった。

 暖炉のある居間のような部屋で、紳士然とした白髪交じり壮年の男が待っていた。


「カミナギ殿。お待ちしておりましたよ」


「ロンギス、今日は手間を掛けるな……ああ、クリスタさん。こいつは黒竜王ハイネルの眷属だよ」


 普通に知人を紹介するような感じでカルマは言うが――


「黒竜王の眷属……」


 クリスタは反射的に身構えそうになるのを何とか抑える。

 灰色(グレイ)の三つ揃いを着た目の前の壮年の男は、どう見ても人間にしか見えなかったが――アクシアのことを考えれば、ものだと納得するしかなかった。


「初めまして――私はロンギス・バジェット。貴方のことはカミナギ殿から聞いていますよ」


 やはり紳士然とした態度でロンギスは立ち上がり、クリスタに右手を差し出す。


「こちらこそ初めまして、クリスタ・エリオネスティです――偉大なる黒竜王ハイネル・ヴォルフガルド陛下に仕えられる竜族の御方。お会いできて光栄です」


 手を差し出されたから礼儀として握り返したが、クリスタの感覚では――人間の王侯貴族などよりも、神に等しい存在である竜王に仕える竜族の方が、遥かに格上の存在だった。


 赤竜王であるアクシアとは、彼女の正体を知る前に親しくなっから、敢えて態度を変えていないが――それは特別なのだ。


 この世界の感覚で言えば、竜族とは人間が軽々しく接することができる存在ではない。

 大抵の物事に動じないクリスタは、決して恐縮している訳ではなかったが、初対面の竜族に対する態度を常識として弁えていた。


「ああ、クリスタさん。さっき言った協力者ってのは、こいつのことじゃないからさ? そんなに畏まる必要なんてないよ」


クリスタが勘違いなどしていないことも、その内心にも気づいている癖なのに、カルマはぬけぬけと言った。


「カミナギ……貴方ね……」


「いえ、カミナギ殿の言う通りですよ。エリオネスティ殿、貴方はカミナギ殿の同胞なのでしょう? でしたら、私の方がお世話をする立場ですので、お気になさらず……そうですね。私のことはロンギスと呼んでください」


 優しげな顔で笑うロンギスに他意はないようだ。

 クリスタは一瞬考えてから――社交的な柔らかい笑みを返した。


「解りました、ロンギス殿。お言葉に甘えさせて頂きます。私のことはクリスタと呼んでください」


「はい、クリスタ殿。よろしくお願いします」


 そんな二人のやり取りを――カルマは意地の悪い笑みを浮かべて眺めていた。


「まあ、堅苦しい話はそんなところで良いだろう? ロンギス、クリスタさんがお待ちかねだからさ? さっさとジョセフの奴のところに行こうか?」


 何でそういうことを言うのよとクリスタが睨むが、カルマは気づかない振りをする。


「そうですね……少し時間が早いですが、相手を待たせるよりは良いでしょう」


 ロンギスの案内で、三人は部屋を後にした。


 邸宅の中にはロンギス以外にも、使用人らしい男女が数人もいた。

 彼らは廊下ですれ違うと、ロンギスに対してではなく、まるで自分の家のような態度のカルマの方に頭を下げる。


「カミナギ……どういうこと? まるで貴方が主人みたいじゃない?」


「あれ、クリスタさんには言ってなかったっけ? この屋敷も俺の持ち物なんだよ――ランバルト公国で活動するのに色々と便利だからさ、準男爵の爵位とセットで買ったんだよ」


 何食わぬ顔で応えるカルマに、クリスタは唖然とする。


「……爵位を買った? そんな話、聞いてないわよ!」


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