第132話 クリスタとカルマの日常


 仕事の引き継ぎとキースへの報告のために二日間が必要とのことだったので、出発するのは三日後ということになった。


「まだ事態が動く可能性は低いからさ? もう少しゆっくりしても良いんじゃないか?」


 カルマはそう言ったのだが――


「駄目よ! 被害者をできるだけ出したくないから急ぎましょう!」


 そんなクリスタの主張を退けることはできなかった。


「まあ、良いけどさ……そうだ。キースさんに報告するなら、俺も一緒に行こうか?」


「えっ……いや、そんな……まだ早いわよ!」


 何か勘違いしたような台詞とともに顔を赤くしたかと思うと――自分で勘違いに気づいてさらに赤くなるという事態になったことは、クリスタ本人にとっては笑えない事件だった。


※ ※ ※ ※


 それから瞬く間に二日間が過ぎていった。


「それではブライアン……騎士団のことをお願いするわね」


 仕事の引継ぎを終えたクリスタは、最年長の白髪と白髭の聖騎士バルガス・ブライアンに告げる。


「いえ、私はです。それをお忘れなく」


 これだけは絶対に譲らないという感じでブライアンは毅然と応える。


 カルマと行動をともにすると決めた以上、クリスタは聖騎士団を退団するつもりだった。しかし、団員全員に留意されて、籍だけは残すことになったのだ。


「解っているわよ……でも皆には悪いけど、私は騎士団に戻る気はないわよ?」


「ええ、エリオネスティ騎士団長の意志が固いことは承知しています。それでも、我々が騎士団長に仕えることに変わりはありません」


 五十人の聖騎士全員がクリスタ自身に見出されたか、或いは、クリスタに仕えるために聖騎士となった者だった。


 それを思うと心苦しかったが――


「ごめんなさい、クロムウェル王国で私がすべきことは終わったわ。私には他にすべきことが……違うわね。やりたいことができたのよ」


 クリスタは正直な気持ちを告げる。


「それも……承知しています。騎士団長は、御自身が信じる道を進んでください。それが我々の望みでもありますから」


 物分かりが良過ぎる部下に申し訳ないと思いながら――クリスタは満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう……行ってくるわ!」


※ ※ ※ ※


 翌朝、グリミア聖堂を早朝に出立したクリスタは、ラグナバルを取り囲む外壁の門が開くのを待って都市の外に出る。


 聖騎士団のサーコートこそ纏っていなかったが――クリスタが着ている地味な外套の下は、白銀のハーフプレートに十字の剣を差した完全武装だった。


 ランバルト公国の要人と会う可能性もあるからと、クリスタなりにきちんとした格好をしてきたのだ。

 聖騎士団のサーコートも必要であれば纏えるようにと、着替えなどとともに魔法の小袋マジックポーチにしまってある。


 ちなみに、この世界の魔法の小袋マジックポーチは収納できる重量に制限があり、クリスタが使っているものは百キロ程度と標準的な品だった。

 それでも、魔法の小袋マジックポーチ自体が希少であり、クリスタも魔術を学んだから譲って貰うまでは、存在自体を知らなかったのだ。


 二人が待ち合わせした場所は――カルマが最近購入したという郊外の邸宅だった。


 場所はすぐに解った。周りには然したる建物も無く、敷地も広くてそれなりに目立つので、クリスタも『ああ、あの屋敷のことね?』と言うくらいには見覚えがあった。しかし――


「ここって……こんな感じだったかしら?」


 邸宅を囲む二メートルほどの高さの壁は防犯的には大して役に立ちそうにもないが、放置されていたものを買ったという割には小奇麗な感じだった。


 金属でできたアーチ形の格子状の門から敷地の中の様子が伺えた――庭の草も刈り取られており、建物の外観も放置していたようには見えなかった。


「……カミナギ、どうせ気づいているんでしょう?」


「まあ……そうだけどさ?」


 転移で出現したカルマは、クリスタのために魔法ではなく手で門を開ける。


「クリスタさん、いらっしゃい。どうぞ、中に入って?」


 カルマの案内に従って、屋敷に向かって庭を歩く。


 簡単な演習くらいできそうなほど広い庭は、外から見た以上に手入れが行き届いていた。

 芝生は長さを完璧に揃えて刈られており、生垣の花は瑞々しく咲き誇っている。


「カミナギ……もしかして、使用人を雇ってるの? 随分綺麗にしてるじゃない?」


「ああ、使用人ねえ……そのうち雇おうかな? こうして人を呼ぶことがあるから、見た目だけは整えておいたんだよ。方法は――説明しなくても解るだろう?」


 まあ、カミナギだからねと――クリスタは少し呆れた顔をする。


 屋敷の玄関まで辿り着くと、カルマは扉を開けて身振りで中へ入るように促す。


「クリスタさんは、すぐランバルト公国に出発したいんだろうけどさ? 転移をするにしても庭だと目立つから。とりあえず今日は他に誰もいないことだし、適当に寛いだらどうだよ?」


「え……他に誰もいないの?」


 二人きりでいることを急に意識したクリスタは――恥ずかしそうに頬を染める。


 いや、アクシアもレジィも鍛練に忙しいと言っていたし、その可能性も高いことくらい解っていたよね――カルマは苦笑するが、文句を言わないだけの分別はあった。


「……とりあえず、中に入れば? お茶くらい出すからさ?」


 そう言われても――クリスタは緊張したままだった。


「ええ……そうよね?」


 ぎこちない表情で、頬は赤いままだ。


(こういうのはさ……正直に言わせて貰えば、ちょっと面倒臭いんだけどね?) 


 カルマは表情には出さずに、クリスタをテーブルセットのある部屋に案内した。


 メインのダイニングルームはのために使っているから――クリスタを案内したのは別の部屋だ。

 置かれている調度品や家具は嫌味じゃない程度に豪華だった。


「……良い趣味をしてるわね? ここの家具とか、カミナギが揃えたの?」


「揃えたと言うか……同じようなものかな?」


 キッチンから戻ってきたカルマは、ティーポットと二つのカップを運んできた。

 湯気を立てるティーポットから、香りの高い紅茶を二人のカップに注ぐ。


「まあ、とりあえず……どうぞ?」


「ええ、ありがとう……頂くわ……」


 紅茶を口に含んだ瞬間――クリスタは唖然とする。

 完璧なお茶の入れ方だった――カルマの意外な女子力の高さに、クリスタは愕然としてたのだ。


 エリオネスティ公爵家の第一公女として帝王学を学び、正教会でも聖騎士としての道を歩んできたクリスタは――所謂『女子力』を磨く機会が余り無かったし、本人も興味がなかった。


 しかし、こうしてカルマに女子力を見せつけられると――


「カミナギ……貴方ねえ……」


 何故かクリスタに睨まれて、カルマは苦笑するしかなかった。


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