第131話 交差する思惑


 神の声を聞いたと聖人たちが言い始めてから、世界の各地で天使はおろか、大天使の召喚まで競うように行われている。

 彼らは神の導きという大義名分と、天使という力を手にして、自らの勢力を拡大しようとしているのだ。


 そして誰かが力を手に入れれば、その対抗策として他者も力を手に入れようとする。

 力に力で対抗しようとする連鎖が広がり続けて――その結末が平和的な解決に繋がるなことは難しいだろう。


 グランチェスタたち正教会の急進派が信徒を犠牲にして天使を召喚しようとしたのも、『猛き者の教会』の司祭たちが霊獣を次々と召喚していていたのも、結局は神の声による連鎖の流れの中で、自らの力を欲したからに過ぎない。


 聖人たちの言葉が全くの偽りでなければ――結果となることなど全知全能の神ならば当然解っていた筈なのに、人々が天使を召喚するように仕向けたのだ。

 そこに悪意があると考えるのは当然の帰結だろう。


 クリスタにしても、クロムウェル王国の三つの事件を直接引き起こしたのは正教会の急進派と猛き者の教会だが、その背景にある別の悪意を肌で感じていた。

 だから、カルマが神々の行為が全て正しいものではないと人々に認識させたいという意図は理解できるが――


「そんなことを言っても……アンデッドの脅威を神の悪意に結び付けるのは、さすがに無理があるんじゃないの? カミナギが言うようにアンデッドが死の神の使徒で、上級アンデットが天使と同じだとしても、それとこれとは話が別じゃない?」


「ああ、クリスタさんの疑問は最もだよな。ごめん、俺の説明が性急すぎたよ」


 カルマは少し申し訳なさそうに言う。


「神の悪意の存在を宣言する話は、もっと後になってからで構わないんだ。まずはアンデッドという解りやすい脅威を振り払うことで、クリスタさんを光の神ヴァレリウスの代行者として印象付けたいんだよ?」


 クリスタ本人は余り認めたくなかったが――クロムウェル王国正教会の聖公女クリスタ・エリオネスティの名前は、若干十四歳で竜を単独で仕留めた伝説とともに、グランテリオ諸国連合の全域に広く知れ渡っている。


 そんなクリスタが他国のアンデッドまで殲滅したとなれば――神の代行者と祀り上げる者も現れるだろう。


「でも……結局のところ、アンデットを退治しただけじゃ、神々の悪意を人々に信じさせるには不十分よね?」


 クリスタは不機嫌そうにカルマを睨んだ。


「つまり、今回の件は始まりに過ぎなくて……カミナギは私に、これからも同じようなことをさせるつもりなのよね?」


「さすがはクリスタさんだ。察しが良くて助かるよ」


 何食わぬ顔で応えるカルマに、クリスタは呆れた顔をする。


「あのねえ……勝手に話を進めないで、ちょっと待ちなさいよ! アンデッドを退治することは反対しないけど、まだ私は悪意の正体が神々だって確信している訳じゃないわよ?」


 天使を召喚するように仕向けたことに悪意を感じてはいるが――それが神々の意志によるものだという証拠はないのだ。


 可能性は決して高くないが、聖人たちが申し合わて神の意図を曲解したとも考えられる。

 また、神々とは違う第三者――例えば悪魔などが介在した可能性も否定できない。


 そもそもクリスタは――それが神々の意図かどうか断定できるほど、神という存在を知っている訳ではないのだ。


「だから……自分が確信してもいないのに、神々の悪意があるなんて軽々しく宣言できないわよ?」


「いや……悪意の根源が神であろうが、他の誰だとしてもさ? 結局やることに変わりは無いと思うけどね?」


 カルマはしたり顔で笑う。


「とりあえず俺たちが糾弾すべき相手は悪意に踊らされている奴ら――つまりは世界中の国と宗教組織だろう? だったら、誰の悪意だろうと関係がないよな?」


 カルマ自身は神々と直接戦うつもりだが――そんな局面にになるのはずっと先のことだ。

 この世界を壊さずに神々の計略から救うには、まずは奴らに踊らされている存在をどうにかする他はないのだ。


「何だったら、踊らされている奴らのことも糾弾しなくても構わないよ? 天使の召喚に溺れている奴らとは違う存在がいることを世の中に示すだけでも、十分価値があると俺は思うけどね?」


 クリスタが立ち上がること自体に意味があると、カルマは言っているのだ。

 どうも甘言を言われている気がするが――意図していることは理解した。


「解ったわよ……だったら急ぎましょう! アンデッドを殲滅するなら、早い方が良いに決まっている。犠牲者が出る前に行動すべきだわ!」


 すぐに出発しようと席を立とうとするクリスタに、カルマは苦笑する。


「まあ、待てよクリスタさん? こういうのはさ、タイミングが肝心なんだよ。こっちが勇んで行っても、向こうに援軍なんて要らないって言われたらそれまでだろう?」


 しかし、クリスタは全く納得していなかった。


「アンデッドを退治するだけの話でしょう? ランバルト公国の人間が何と言ったって、勝手に仕留めれば良いじゃない!」


 カルマはわざとらしく溜息をつく。


「だからさ、こっちで仕留めるだけじゃ意味がないんだって? 勿論、本当にヤバイ状況なら手を出すけどさ。向こうだって、まだ城壁を突破された訳じゃないんだし」


 そうは言っても――少なからずアンデッドによる被害は出ているだろう。

 引き下がらないクリスタに、カルマは惚けた感じで言う。


「俺の感覚だと、死の領域の住人と人間の勢力争いに過ぎないんだけどな? 確かに侵略者はアンデッドの方だから最終的には滅ぼすつもりだけどさ。逆に言えば、アンデッドだからって滅ぼす方が、独善的な気もするけど?」


 想定外の方向から責められて、クリスタは戸惑った。


「だったら……アンデッドが不浄な存在で、死の神に囚われた魂という認識も間違っているの?」


「いや、下級アンデッドに関しては正しい認識かな? 上級アンデッドは天使と同じで初めからアンデッドだったか、天使を憑依させた人間みたいに自ら望んでなったかどっちかだけど?」


 説明を聞いて――クリスタは腕組みして考える。


「だったら……私は彼らの魂を解放するって意味でも、全力でアンデッドを滅ぼすわ!」


 クリスタは全力で宣言するが――カルマは意地悪く笑う。


「ところで……一緒に来てくれること自体は、問題ないんだよね?」


 少し怒った感じでクリスタが応える。


「……そうよ。仕事の引き継ぎとか多少は時間がいるけど、今なら問題ないわ……て言うより、問題ない状況をカミナギが作ってくれたんでしょう?」


「まあ、そうだけどさ……嫌だった?」


「そんなことにないわよ!」


 クリスタは思わず立ち上がって――頬を赤く染める。


「もう、良いわよ解ったわ……カミナギが言うことを全部信じるから、責任は取りなさいよ?」


「ああ、解ってるって――」


 カルマは真っ直ぐに、クリスタの瞳を見つめる。


「俺は初めから……そのつもりだからさ?」


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