第130話 カルマの依頼


「私にしかできないことって……一体何なのよ?」


 クリスタは平静を装っていたが――内心ではカルマに一緒に来て欲しいと言われて、すっかり舞い上がっていた。


 そんな心情に気づいているのか、カルマは何食わぬ顔で話を続ける。


「そうだな……一言じゃ済まないから、順を追って説明するか?」


 カルマはポケットから煙草を取り出して火を付けると、ゆっくりと吸い込んで煙を吐き出した。


「この二週間、俺がクリスタさんの所に顔を出さなかったのはさ、ランバルト公国に居たからなんだよ」


「ランバルト公国? 確かカミナギは、北方三国の監視を黒竜王に依頼したって言ってたわよね?」


 正教会枢機卿グランチェスタや猛き者の教会最高指導者バウラス、そして黒竜王ハイネルに情報収集をさせていることは、クリスタもカルマから聞いていた。


「ああ。特にランバルト公国に関しては、想定していた以上に内部に入り込むことができてさ、詳しい内情を訊くことができたんだけど――クリスタさんは、北方三国について詳しいのかな?」


「同じグランテリオ諸国連合の加盟国だから、それなりには。そうね……有体に言えば、元は一つの国が内紛で三つに分裂したのに、いまだに国家間紛争と内紛が絶えない勢力争いが激しい地域というところかしら?」


 同一の民族によって統治されていたロイゼンタール帝国が、内乱によってランバルト公国、オルギュスト公国、新生ロイゼンタール王国の三国に分裂したのは二百年ほど前のことだ。


 しかし、地理的な理由から形の上では三つの国となったが、内情はもっと不安定であり、個々の貴族領が一国と言っても過言ではない状況だった。

 各国の内と外で貴族たちは派閥を作っては分裂を繰り返し、紛争を繰返しながら国境戦も度々書き換えられている。


「北方三国の紛争が絶えない内情は知っているけど――カミナギが興味を持っているのは、そこじゃないわよね?」


 神と戦うと宣言したカルマが、今さら貴族の小競り合いなどを気にするとも思えなかった。


「そうだな――俺が紛争に興味がないってのは半分正解で、半分は間違いかな? 確かに内紛自体はどうでも良いんだけど、その結果として生じている自体は見過ごせないかな?」


「……どういうことよ? ランバルト公国で、何が起きているの?」


「クリスタさんなら、死の山岳地帯についても知っているよな?」


 カルマが質問を質問で返したことにクリスタは不満そうな顔をするが、とりあえずは素直に応える。


「北方三国の中心にあるアンデッドの巣窟のことでしょう? 一説には、ロイゼンタール帝国が分裂した原因とも言われてるけど……」


 三国を地理的に隔てる山岳地帯は自然の要所であると同時に、死の世界の住人であるアンデッドたちの領域だった。


 山岳を抜ける山道が、かつてのロイゼンタール帝国の内紛における主戦場であり、犠牲となった兵士たちがアンデッドとなって徘徊しているとも、兵士たちの怨念が死の世界の住人を呼び寄せたとも言われているが―― 


「でも、死の山岳地帯からのアンデッドの侵略のせいで三国に分裂した訳じゃないわよ? むしろ、ロイゼンタール帝国が死の山岳地帯を壁で封鎖してアンデッドの脅威が収まったことで、貴族たちの内紛が激化したことが原因だわ」


 アンデッドの侵略をロイゼンタール帝国が傍観する筈もなく――山岳地帯へと続く道を堅固な城壁で塞いだ。


 その結果、帝国は地形によって一時的に分断されたが、アンデッドの脅威が去ったことで生まれた余力によって周辺諸国を侵略することで、再び地続きとなった。

 しかし――その余力は内紛にも向けられて、結局は三国に分裂する結果となる。


「そうそう。アンデッドの脅威は過去のモノだって、皆思っていたみたいだけどさ……聖人たちが神の声を聞いたのと同じタイミングで、死の山岳地帯のアッデッドたちも、活性化しているんだよね?」


 したり顔で語るカルマに、クリスタは訝しげに目を細める。


「……どういうこと? 聖人たちが本当に神の声を聞いたとしても、それは神々の影響力が増したってことじゃないの? なのに、どうしてアンデッドが活性化するのよ?」


 クリスタが言うことも一見すると最もだったが――


「クリスタさんは勘違いしているみたいだけどさ――アンデッドって、死の神の使徒なんだよ? つまり、神々の力が増せば、アンデッドも活性化するのも当然なんだ」


 カルマの認識は決して一般的ではなかったが――神とアンデッドの関係を正確に捉えていた。下級アンデッドは人間で言えば信徒に等しく、上級アンデッドは天使に相当する存在なのだ。


「……ちょっと待って! 少し頭を整理させて……」


 クリスタの常識が、根本的なところから崩れ去っていく。

 アンデッドとは神々と敵対する存在という認識だったが――アンデッドを統べる神が存在すると言うのか?


「……アンデッドの神が存在するって話は、とりあえず可能性としては否定しないわ。その力が増したことで、アンデッドが活性化したことも理解できる。でも……

 だから北方三国の情勢にカミナギが注目しているところまでは解るけど。そこから、私にしかできないことっていう話が、どうやって繋がるのよ?」


「ああ。その話をする前に、もう一つ捕捉が必要だと思うんだよね?」


 そう前置きして、カルマは説明を続けた。


「北方三国の内紛の話は、クリスタさんが言っていた通りなんだけど……ここ最近じゃ、特にラインバルト公国の内紛が激しくて、四つの派閥に分かれて争いを繰り返しているんだけどさ? そのせいで、アンデッドが活性化したことの脅威については、ほとんど放置されたままの状態なんだよ」


 アンデッドの脅威がすでに過去のものだという認識も、事態の悪化に拍車を掛けていた。


 活性化したアンデッドによって、ロイゼンタール帝国時代に築いた城壁は崩壊寸前だったが、『アンデッド如きに後れを取ったなど、他の貴族に知られたら良い笑いものだ』という感覚から、領内に城壁を持つ貴族たちは、その事実を隠蔽している。


「このままの状態が続けば、まず最初にランバルト公国がアンデッドに蹂躙される事態になると思うんだけど――勿論、放置するつもりはないけどさ?

 俺みたいな訳の解らない存在がアンデッドの脅威を取り除いたところで、神々に良いようにやられている状況は変わらないと思うんだよね? だったら――

 折角だからこの機会に、神に対する認識そのものを変えて貰おうと思ってね?」


「……ごめんなさい。カミナギが言っていることが、よく解らないわ?」


 クリスタはそう言いながら――カルマが何を意図しているのか、大よその察しはついていた。

 しかし――内容が内容だけに、おいそれとは認めたくはなかったのだ。


「何、単純な話だよ……神々の行いが全て正しいことじゃないって認識して貰うためにはさ――」


 カルマはしたり顔で、クリスタに告げた。


「聖公女として広く知られているクリスタさんに、アンデッドの脅威を振り払って貰った上で、これが神の悪意によるものだって宣言して欲しいんだよ?」


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