第126話 レジィの失敗


 レジィのことは言うに及ばず、フェンとレオンも黒鉄等級の冒険者に相応しい程度の実力はあった。

 ソフィアは戦士としての実力こそフェンに劣るが、貴重な神聖魔法の使い手であり、セナも戦闘では期待できないが、その索敵能力は部隊チームに貢献できる――筈だった。


 四人の個人としての実力は決して低いものではなかったが、部隊チームとしてのバランスの悪さと連携の拙さは、レジィを含めて最悪のレベルだった。


 ラグナバルを出発してから最初の一日の行程は順調そのものだった。

 しかし、それも当然であり、クリスタの提言によって城塞都市から三十キロ圏内は警備隊が定期巡回していることもあり、完全な人間の勢力圏内だった。


 しかし二日目となり、最後に通過した村から十キロ以上離れて荒野を進んで行くと、野生動物や亜人、そして怪物モンスターらしき姿を次第に見掛けるようになる。


「レ、レジィさん……ア、アレ……」


「解ってるって! これだけ見晴らしが良けりゃ、敵の姿くらい見えて当然だろう? 向こうだって警戒してるから、簡単に近づいて来ねーよ。逆に仕掛けて来たら来たで直ぐに解るから、慌てることもねーだろう?」


 レジィの言葉の通りに、暫くの間は、敵影は見えても遠方から此方を伺うだけで、そのまま通り過ぎるということが続いたが――


 最初に襲い掛かってきたのは、一角狼コーンウルフと呼ばれる怪物モンスターの群れだった。

 最初は数匹が距離を置いて眺めているだけだったが、一匹が遠吠えを上げると、その数は瞬く間に十匹を超えた。


 そして二回目の遠吠えが響くと、一角狼コーンウルフたちは一斉に襲い掛かってきた。


 レジィは括り紐を解いて背中から鞘を外すと、口も使って素早く通し紐を解いて二本の大剣を引き抜く。


「……大した数じゃねえが、このままじゃ囲まれるな……右に回り込むぞ!」


 そう言って走り始めて――すぐに誰も付いて来ないことに気づいた。


「……レジィさん! ちょっと、待ってくれよ!」


 まず大盾を抱えたフェンが遅れて、それを気にした残り三人の動きが止まる。


「……チッ!」


 戦闘中は部隊(チーム)から十メートル以上離れないこと――カルマとの約束が頭を過る。


「……仕方ねえ、ここで迎え撃つぞ! レオン、魔法で先制攻撃だ! フェン! おまえはレオンのカバーをしてやれ!」


「レジィさん、私も前に出るわ!」


 ソフィアが長槍を構えてフェンに並ぶ――彼女の格好は修道服のままだったが、その下に鎖帷子を着こんでいた。


「ああ、好きにしろよ……」


「――業火よ、我に力を! 火焔弾ファイアボルト!」


 レオンが呪文の詠唱を終えると、拳大ほどの三つの焔の塊が一角狼に向かって飛んでいき――焔は全て一匹に命中する。


「おい、どうして複数同時に狙わねえんだよ? 仕留められなくても、足止めくらいにはなるだろうが!」


「……こんな速い相手、同時に当てられる筈がないだろう!」


 レオンの言葉に、レジィは唖然とする。


「本当(マジ)かよ……チッ! 俺が仕留めるから、てめえらは四人で固まってろよ!」


 レジィは目算で十メートルギリギリまで前に出ると――飛び込んできた一角狼を続けざまに切り殺した。

 仕留めた瞬間に素早く跳んで次を狙うが――一角狼たちは一気に雪崩れ込んで来る。

 左右から大きく回り込んで来た狼までは、レジィも止めることができなかった。


「三匹行ったぜ! 時間を稼ぐだけで良いから、何とかしろよ!」


「おうよ、任された!」


 フェンが大盾に隠れるようにして、長剣を握りしめて待ち構えるが――フェンに向かったのは一匹だけで、残りの二匹は素通りする。


「……やらせない!」


 何とかソフィアが、もう一匹を槍を構えて牽制するが――そこまでだった。

 完全にフリーとなった一匹が背後から、震えながら投げナイフを握るセナに飛び掛かる。


「……く、来るなあ!」


 投げナイフが外れた瞬間にセナは死を覚悟するが――生臭い息が掛かる距離に迫った一角狼は、飛来した大剣に背中を貫かれて地面に串刺しにされる。


「……危っねえ! ギリギリじゃねえか!」


 必死に駆け戻って来たレジィは、もう一本の大剣でソフィアを襲う一匹の首を跳ねると、地面から大剣を引き抜いて、新たに襲い掛かって来た一匹を両断する。


 結局――レジィは一人が駆け回って、ほとんど全ての一角狼を撃退することになった。


※ ※ ※ ※


 それから、さらに二回襲撃を受けたが――結果は散々たるものだった。

 

 最初の一回で学習したレジィが、フェンとソフィアではカバーし切れない位置を意識して動くようになったが――


 レジィの速過ぎる行動に付いて行けいフェンが、敵を押し戻そうとしてレジィとの間に入り込んで邪魔すること数回。さらには、飛び込んできたレジィにレオンが同士討ちフレンドリーファイアをぶち込むという最悪の事態を発生させた。


「ったく……最悪の状況だな!」


 レジィに睨まれて、四人は黙り込む。

 実際に役にも立たなかったのは事実であり、何の文句など言えなかったが――


(……俺は、いったい何をやってんだよ!)


 レジィが一番頭に来ていたのは、他ならぬ自分自身に対してだった。

 一人でなら余裕で仕留められる相手に、他人を守りながら戦うという制約条件があったとは言え、良いように翻弄されたのだ。


 カルマやアクシアなら、そして、おそらくはクリスタも、こんな無様な真似など決してしないだろう。

 単独戦闘以外の経験がないこと、そして他人をカバーする術を持たないことが致命的だった。


 レジィはやり場のない怒りを、周囲に巻き晒す。

 ギスギスとした最悪の空気が、辺りをどっぷりと包み込んでいると――


「レジィ、おまえさあ……反省するのは良いけど、それじゃ八つ当たりと一緒だからな?」


 突然の声に、四人が慌てて周囲を見回すと――闇の中からカルマが姿を現わした。


「……魔王様!」


 レジィがバツが悪そうに舌打ちして目を逸らすと――カルマはしたり顔で笑う。


「自分の不甲斐なさにイラついてるんだろうが、それが解っただけでも十分意味があると思うけど? なあ、レジィ……おまえなら、この程度のことは克服できるよな?」


 漆黒の瞳は挑発するように、レジィ・ガロウナを見つめた。


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