第124話 カルマの買い物
ギルドを後にしたカルマは、ラグナバル東地区にある商業区画へと向かった。
迷うことなく幾つかの通りを抜けると、アンドリュース商会という看板のある二階建ての建物に入る。
「カルマ、待ってましたよ」
中に入るなり、小太りの中年男が声を掛けてくる。
身なりの良い服は派手でも地味でもなく、選んだ者のセンスを感じさせる。愛想が良い顔は生まれつきなのか、嫌味というものを全く感じさせなかった。
「ラガン、悪い。待たせたかな?」
カルマの方も実に親し気な感じで、二人はまるで昔からの知り合いのようだった。
「いえいえ、約束の時間にはまだですから。こちが勝手に待ちわびていただけですので、気にしないでぐたさい……さあ、立ち話も何ですから、こちらへどうぞ!」
ラガン・アンドリュースはカルマを奥にある応接室へと案内した。
二人が出会ったのは五日前。空き時間を利用した人脈作りの一環として、行く先々で人と仲良くなって紹介を受けたカルマが、仲介商として評判の高いラガンに辿り着くのは当然の流れだった。
ちなみにカルマは王都でも人脈作りを進めており、ラグナバルほどではないがコネクションを築きつつある。
カルマが通された応接室には、決して高価ではないが、一つ一つが主の趣味の良さを感じさせる調度品や家具が並べられていた。
「それだけ機嫌が良いってことは、交渉は上手く行ったみたいだな?」
カルマは出された紅茶を飲みながら、屈託のない笑みを浮かべる。
店に来る前に認識阻害を発動して服の形を変えており、今はジャケットに襟付きシャツという姿だった。
「はい、勿論結果は上々ですよ。カルマから預かっていたお金も、だいぶ残りましたからね?」
ラガンはテーブルの上に硬貨の入った袋と、羊皮紙に書かれた二枚の書類を置いた。
書類はラグナバル郊外の屋敷の権利証と、その譲渡に関する契約書であり、契約書の方には譲渡した貴族の署名が書かれていた。
「へえー。さすがはラガンだな。一日で契約を纏めるとは、さすがに仕事が早いじゃないか?」
「いえいえ、何を言ってるんですか。カルマの指示通りに現物の金貨を見せたら、値引交渉は簡単でしたよ」
カルマの依頼で最初に交渉を持ち掛けたとき、相手の貴族は相場の三倍という法外な値段を吹っかけてきた。
資金には余裕があったし、カルマは別に値段などどうでも良かった。しかし、相手に良いようにされるのは気に入らなかったので、一手間掛けて貴族の身辺を調べた。
その結果――借金まみれの財務状況が解ったので、現金をチラつかせることにしたのだ。
カルマは二枚の羊皮紙を受け取ると、硬貨の袋をラガンの方へ差し出す。
「差額はラガンの取り分だな。俺は舐めたことを言う奴に余計な金を払いたくなかっただけだからさ?」
「そういう訳にはいきませんよ。私は約束通りに規定の手数料だけ貰います」
そう言ってラガンは、袋から金貨を十枚取り出して懐に納める。
「何だよ、ラガン。商人のくせに欲がないんだな?」
「そんなことはありません。私にも欲はありますよ……ただ、カルマとは末長く付き合いたいと思っていますので、フェアな取引がしたいんです」
ラガンはニッコリと笑って、袋をカルマの前に戻した。
「これは誉め言葉として受け取って貰いたいのですが……カルマは商人に向いてますね。どうです? 私と一緒にもっと大きな商いをしませんか?」
「なるほどね、そういうことか……」
カルマはしたり顔で、新たな袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「……これは?」
「宝石だ。こいつの代金全額を、おまえに投資してやるよ」
ラガンは袋の中身を検めて――思わず溜息をついた。大粒の宝石ばかりが二十個ほど。どう安く見積もっても金貨数千枚の価値はあるだろう。
「ラガンなら、上手く換金できるだろう? 利益の取り分は半々ってことでどうだ?」
「勿論、私は構いませんが……良いんですか? これだけの金額を投資するメリットが、カルマにあるとは思えませんが?」
ラガンは訝しそうな顔をするが――
「メリットならあるさ――ラガン・アンドリュースという切れ者の商人と太いパイプができるからな」
カルマは屈託のない笑みを浮かべる。
「なあ、ラガン……おまえ自身が思っているより、俺はおまえのことが気に入っているんだよ? 商売のやり方は任せるからさ。各地の情勢や市場動向とか、商売しながら手に入れた情報を俺に報告して欲しいんだよ――おまえなら価値のあるモノだけを選別できるだろう?」
「……カルマはもっと大きな……大局を見極めて投資しようと言うのですか?」
「まあ、そんなところ――いや、もっと正直に言うよ。俺にとって投資は二の次で、本当の目的は別にあるんだ……」
カルマはラガンに、これからの計画について説明した。
※ ※ ※ ※
カルマが購入した屋敷は、ラグナバルの一番外側の外壁から街道沿いに二キロほど進んだ場所にあった。
城塞都市の外側にあるため敷地は広かったが、当然ながら堅固な城壁に守られている訳ではないため、安全面はイマイチだった。
さらには都市の中心部に豪華な屋敷を持つことこそ貴族のステータスであり、他の貴族たちは郊外の屋敷になど見向きもしなかった。
だから、商人の甘言に乗って屋敷を建てた当の貴族も、一ヶ月と経たないうちに寄り付かなくなった。
「……完全に放置されてたって感じだな?」
屋敷の敷地に入ったカルマは、雑草塗れの庭を見て苦笑する。
敷地全体が二メートルほどの壁で囲まれていたから外からでは解らなかったが、中は荒れ放題だった。
この状況では、屋敷の中の状態も容易に想像できる。
「とりあえず時間を掛けても仕方ないし……さっさと始めるか?」
認識阻害領域を屋敷全体に広げると――カルマは召喚魔法を発動させた。
カルマが通常使う能力は、攻撃や防御、移動、知覚といった直接的な効果があるものばかりだが――元居た世界に存在した全ての魔法を知識として習得している。
カルマが召喚した十体の
もっと知性のある存在を召喚することもできたが、知性のある存在を魔法で使役するのはカルマの趣味ではなかった。
さらにカルマは屋敷の中に入ると、玄関ホールの奥にある部屋に向かった。
広めのダイニングといった感じの室内には中央に長テーブルと、その周囲に二十ほどの椅子が並べられていた。
「まあ、この辺りかな?」
魔力でテーブルと椅子を部屋の隅に移動させると、床に向かって錬成術式を放つ――カルマが描いた設計図に従って、地下に広大な空間が広がっていく。
カルマが屋敷を買った理由はシンプルで――ラグナバルを拠点にすると決めたことだし、宿屋では使い勝手が悪いから、好き勝手に使える場所が欲しかったというだけだ。
そして、手に入れたなら活用するかなと、カルマは色々と仕掛けを施すことにしたのだ。
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