第123話 カルマの過去(番外編3)
球形の白いドームの中で、
俺が立っているのは球体の中心。空間に直立するように身体が浮かんでいた。
球体の内面は一体成型をしたように滑らかで継ぎ目一つなく、壁全体が仄かに輝いている。
部屋の中にいるのは何も身に付けていない俺ともう一人――
白衣を着た黒髪の女。金色の目に眼鏡を掛けて、長い髪を後ろで束ねていた。
「カルマ、ようこそ世界へ――私は神凪エレノア。貴方の創造者よ」
エレノアは口元に微笑を浮かべる。
「貴方がどのような存在か……カルマ、貴方自身が知っている筈よ?」
エレノアに促されて記憶を探ると、大量の情報が浮かび上がる。
とある種族の一万年を超える歴史――彼らは魔法を
「解ったよ、そういうことか……」
左手に力を込めると――闇が渦巻く黒い球体が出現した。
球体は放電するように膨大な魔力を放ちながら巨大化し、俺の身体を包み込む――この力の正体を、俺は瞬時に理解した。
「一応理解はしたみたいだけど……カルマ、何を生意気なことを言っているのよ?」
その瞬間、エレノアの態度が一変した――
白衣のポケットから煙草を取り出して火を付けると、不機嫌な顔で深く吸い込んで煙を吐き出す。
「そんな力を手に入れたくらいで、まさか万能にでもなった気でいる訳じゃないわよね? 確かに貴方には力も情報も与えたけど、今の貴方の知識なんて表層的で、実に浅はかなものだわ。そんなもの世界の理を紐解くことに比べれば――
「へえ……言うじゃないか? おまえこそ俺を創造したくらいで、俺の全てを支配できるって勘違いしているんじゃないか?」
俺はエレノアを正面から見据えて――嘲笑う。
自分よりも劣った存在に、俺は従うつもりなどなかった。
「……ホント、
次の瞬間――エレノアは俺の目の前に転移した。
そして細い指先が、バチンと音を立てて俺の頬を叩く。
「……どうしてだ? どうして、俺の魔力を浴びて生きている!」
漆黒の渦巻く魔力は、全てを飲み込む絶対的な力を持つ――筈だった。
「……貴方、本当は馬鹿でしょう? 創造者である私が、貴方の力を無効化する術を持っていない筈がないじゃない――勿論、そんな情報は与えていないわよ?」
エレノアは意地の悪い顔で笑う。
「貴方の力も、膨大な知識も、本当の世界を理解しなければ何の価値も無いって、私が身をもって教えてあげるわ。さあ、カルマ……私と一緒に世界を見に行きましょう!」
※ ※ ※ ※
それから――俺はエレノアと共に旅をした。
転移で世界中を移動して、この世界に存在する様々な生き物に触れ、あらゆる知的生命体が作った国を訪れた。
「ねえ、カルマ……世界というものを、少しは理解できた?」
人間の街にある酒場で、エレノアはしたり顔で笑いながらエールのジョッキを煽る。
人間の国に溶け込むようにと彼女は瞳の色を変えて、人間の服を着ていた。白く滑らかな肌が少し目立つくらいで、ほとんど人間と区別がつかない。
「そうだな……正直に言えばさ、知れば知るほど解らないことが増えてくる感じかな? 俺が生まれた日にエレノアが言ったことが、今なら少しだけ解る気がするよ」
「へえー……」
「……何だよ、エレノア? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言えば良いだろう?」
このときエレノアは――実に楽しそうに笑った。
「いえ、別に……ただ、カルマも少しは成長したんだなって思ったのよ?」
「何だよ、それ……どうせ俺はエレノアに比べれば、まだまだ
「そうね……カルマは私の子供みたいなものだし。そう簡単に敗けるつもりは無いわ」
※ ※ ※ ※
エレノアは何も言わなかったけれど――俺を創造したことを、彼女は自分の種族に隠していた。
俺を創り出した技術は軍事目的で開発されたモノであり、俺は存在そのものが圧倒的な力を持つ『兵器』だから、個人が所有することは許されなかった。
それでも――エレノアが俺を敢えて創造したことには理由がある。
当時最高峰の科学者であったエレノアは――自らが開発した技術が、決して破壊だけのために存在するのではないこと証明したかったのだ。
「エレノアの気持ちも解らなくはないけどさ……どうして、そんな面倒なことをしたんだよ?」
俺が全てを知ったときには――エレノアが俺を創造したことを種族の上層部も掴んでいた。
エレノアの
しかし、エレノアは別に気にすることもなく、人間や亜人の国で旅を続けた。
「面倒ねえ……確かにそうかも知れないけど。私にとってカルマは、面倒なこと全てと引き換えにするだけの価値があるのよ」
エレノアは不意に真顔になった。
「カルマ……これだけは絶対に忘れないでね?」
金色の瞳が真っ直ぐに俺を見る。
「貴方を創造した技術は確かに軍事目的で開発したものだし、貴方には圧倒的な力があるけれど……だからと言って、それはカルマが戦わなければならない理由にはならないわ。貴方は……自由に生きて良いのよ」
俺は何も応えなかったけど――それは理想論だと思っていたし、エレノアだって解っていた筈だ。
俺が持っている力を、
この頃には、俺はエレノアの全ての技術を解析していた。
彼女がどうやって俺の魔力を防いだのか解っていたし、その対策も打っていた。
だから、もうエレノアに従う必要などなかったが――それは些細なことだった。
必要なんてないが、理由ならある――
「何を言ってるんだよ、エレノア? もう俺は自分勝手に生きているだろう?」
兵器とは違う生き方を教えてくれたエレノアを、俺は守りたいと思った。
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