第119話 自己紹介


「いや、だってよう? 密偵スカウトの実力なんて、野外じゃ大して問題にならないだろう? 屋内にしたって、鍵が掛かってたり罠があったら、最悪諦めれば良いだけの話だ。そんなことよりも、俺は断然『魔王様』の方に興味があるね!」


 セナには失礼な発言だったが、フェンは気づいていないのか陽気に笑う。

 レオンは呆れ果てたという感じで溜息を吐いた。


「おまえは何を馬鹿なこと……罠の発見や偵察だって密偵の仕事だ。何か起きる前に発見できるかどうかで、後の状況に雲泥の差が出るだろう?」


 レオンの言うことはもっともだったが――フェンは引き下がらない。

 

「でもさ、レオン? そいつは魔法でも代用が利くよな? おまえが頑張れば良いだけじゃね?」


「ふざけるな! 魔力は有限なんだ。毎回魔法で調べてたら、僕が魔力切れになるじゃないか!」


「いやまあ、そんときは……まあ、どうにかなるだろ? だからさ、さっきの『魔王様』って話だけど――」


 結局のところフェンは――真面目に考えて発言している訳ではなかった。

 密偵の話など本当はどうでも良くて、『魔王様』という面白そうなキーワードが気になるから、さっさと話を戻したいのだ。


 そんなフェンのいい加減さに――レオンがキレる。


「どうにかって……よく簡単に言えたものだな! だったら、おまえがどうにかしろよ!」


 立ち上がって掴み掛かってくるレオンを、フェンはまた適当に宥めようとする。


「おいおい、何で怒ってるんだよ? ああ、解ったから……俺が罠だって敵だって見つけてやるから、それで良いだろ?」


「ふざけるな! 戦うしか能がないおまえに、できる筈がないだろう!」


「だって、おまえがどうにかしろって……」


「あのさあ――そのくらいにしないか?」


 二人が言い合う喧噪の空間に、冷ややかな言葉が響く。


 カルマは肘掛けに凭れ掛るようにして、呆れた顔をしていた。

 別に怒っている訳ではなかったが――漆黒の瞳が放つ威圧感に二人は黙り込む。


「セナをメンバーに加えることは決定事項だからさ? この条件が気に入らないなら、グダグタ言う前に降りれば良いろう?」


 フェンもレオンも何も応えなかった――いや、下手なことが言えない雰囲気に飲まれて、応えることができなかったのだ。


 カルマは二人の心情を読み取って鼻を鳴らす。


「そもそも、おまえたちは論点が間違っているんだよ? 臆病だってことは、密偵にとってはマイナスばかりじゃない――なあ、リリアさん? セナの密偵としての実力はどうなんだよ?」


「正直に言いますと、総合力としては青銅等級の平均以下というところですが……」


 まるでカルマの質問を予測していたかのように、リリアは即答する。


(私の見立ては、間違っていなかったみたいですね……)


 この場を一瞬で支配してしまったカルマに、リリアは内心でほくそ笑んでいた。


「評価が低い理由は、戦闘力が不足しているからです。索敵能力や罠の発見と解除、鍵開けと言った戦闘以外の能力だけなら、黒金等級としても十分に通用する実力があると思います」


「……何だよ、だったら全然問題ないじゃないか?」


 また不用意な発言するフェンをレオンが睨む。


「まあ、そういうことだな……なあ、レオン? それでも降りるって言うなら、話はここで終わりだ」


 カルマに正面から見据えられて、レオンはゴクリと唾を飲み込む。


「……セナの実力の話は解った。だけど、メンバーが三人という訳じゃないのだろう? 魔術士と戦士と密偵の三人だけじゃ、何をするにしても戦力不足だ」


「ああ、勿論。こっちに座っている俺以外の二人も部隊チームに加えるつもりだ――それじゃあ、ソフィア。君も自己紹介をしてくれるか?」


「はい――」


 カルマに促されてソフィアは立ち上がり、背筋をピンと伸ばす。


「私は正教会一級修道女のソフィア・ハートランドと申します。等級は青銅、専門クラスは戦士ですが、治癒系と防御系の神聖魔法を習得しています」


「へえー、神聖魔法が使えるなんて心強いよな? でも、何で治癒士ヒーラーゃなくて戦士なんだ?」


 フェンが相変わらずの調子で口を挟む。


 専門クラスをギルドに登録している訳ではなく、部隊チームを組むときに自己申告するだけなのだが。

 神聖魔法が使える者は希少だから、普通は治癒や支援魔法に専念して、敢えて積極的に戦闘に参加したりはしない。


「私風情が言うのも心苦しいですが――尊敬する白鷲聖騎士団長クリスタ・エリオネスティ卿のように、私は自ら戦って道を開きたいんです!」


 『心苦しい』と前置きしながらも、ソフィアは毅然と言い放った。

 キラキラと輝く瞳に――カルマは内心で苦笑する。


(確かに俺が指定した通りのタイプだけど……クリスタさんもやってくれるよ)


 クリスタに神聖魔法が使える者の紹介を依頼したときに、カルマは選定して貰う人物にある条件を付けていた。


※ ※ ※ ※


「できるだけ……面倒臭そうな奴を選んでくれよ?」


 そう言ったカルマに、クリスタは初め訝しそうな顔をしたが――すぐに意図を理解して、意地の悪い笑みを浮かべた。


※ ※ ※ ※


「まあ……良いんじゃねえの? 同じ戦士として俺も応援するからさ!」


 ソフィアの自己紹介が終わって微妙な空気になったところで――カルマは横目でレジィを見る。


「レジィ、おまえも自己紹介をしておけよ? は任せるからさ?」


「ああ、な……」


 レジィは不敵な笑みを浮かべると、足を高く組んで椅子に踏ん反り返る。


「レジィ・ガロウナだ。魔王様の命令だから仕方ねえ、てめえらの面倒を見てやるよ」


 褐色の瞳が嘲るように、四人の顔を順に見る。

 その余りにも不遜な態度に、セナ以外の三人が反応する。


「おい、幾ら何でも、さすがにそれは無いだろう?」


「そうです、レジィさん! あなたは私たちを馬鹿にしてるんですか?」


 先にフェンとソフィアが文句を言ったが、一番頭にきていたのはレオンだった。

 それでも――先ほどセナの件で自分の認識不足をカルマに指摘されていたから、即座に文句を言うのを自重していたのだ。


「そこまで言うからには……相当な実力者なのだろう? 等級と専門(クラス)を教えてくれないか?」


「……等級と専門クラス? ああ、ギルドの話か? そんなもん、さっき入ったばかりだから知らねえよ!」


 レジィは事も無げに言うと、階級章ランクエッジのないメンバープレートをテーブルの上に放り投げる。


 その瞬間、レオンはテーブルを叩いて立ち上がった。


「ふざけるな! あれだけ大口を叩いておいて無印だと?」


 レオンに怒りをぶつけられて――レジィが黙っている筈もなかった。

 ゆっくりと椅子から立ち上がると、顔を覗き込むようにして睨み付ける。


「こんなモンでしか相手の実力を測れない糞が……随分と舐めた口を叩くじゃねえか!」


 野獣の双眼を目の前にして――レオンは金縛りにあったかのように動けなくなる。


(なるほどね……ホント、色々と問題のある奴らだよな?)


 普段なら、とうにレジィを止めているところだが――

 カルマは椅子に座ったまま、何食わぬ顔で周囲の状況を観察していた。


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