第118話 メンバー選び


 飲食もできる冒険者ギルドの待合室は、二階まで吹き抜けになったオープンスペースにテーブルと椅子を並べただけのものだ。

 しかし、それとは別に、商談や他の打合せのための個室も用意されている。


 ローテーブルとソファセットが置かれた部屋で待っていたのは三人の男女だったが――部屋の中の雰囲気が悪いことは一目で解る。

 二人の男は向い合せのロングソファーの片方の端と端に離れて座っており、唯一の女性は壁際に立って二人に背を向けていた。


「皆さん、お待たせしました」


 リリアは部屋の三人にそう言うと、彼らとは反対側のソファに座るようにカルマたちを促した。


「ほんとーに、随分長く待たせてくれたよな。リリアさん、こいつは晩飯くらい付き合って貰わないと――ということで、よろしくお願いします!」


 口髭を生やした若い男はサッと立ち上がり、片目を瞑ってリリアに右手を差し出す――百九十センチ以上あるヒョロリとした感じの痩身。古びた傷だらけの鎖帷子は借り物のような感じで、あまり似合っていなかった。


「フェンさん、下らない冗談は止めて貰えますか?」


 リリアは事務的な笑みを浮かべるばかりで、全く請け合わない。


「そんなことよりも、お仕事の話をしませんか?」


「そうだぞ、フェン。僕はこれ以上時間を無駄にするのは願い下げだからな」


 椅子の反対側に座る癖の強い髪のイケメンが顔をしかめる。

 座ったままだから正確には解らないが、身長は百七十センチ前後というところか。ポケットの多い旅行用ローブを着ており、如何にも魔術士という感じの樫の杖を小脇に抱えていた。


「おいおい、レオンは相変わらずツレナイねえ? せっかくのイケメンが、そんな風に仏頂面してたら台無しだろう?」


「五月蠅い、黙れ! 男に言われても気持ち悪いだけだ。この軽薄野郎の独活の大木が!」


「二人とも、話が進まないんで少し黙って貰えますか?」


 リリアはニッコリと笑うが――目は笑っていなかった。

 こういうときの彼女の恐ろしさを知っている二人は、慌てて口を噤む。


「とりあえず、皆さん座ってください。セナさんも、そんなところに立ってないで、こっちに来てください」


 リリアに声を掛けられて、壁際に立っていた少女がビクリと肩を震わせる。


「は、はい……リリアさん……」


 赤茶色のポニーテール。ソバカスのある顔には、まだ幼さが残っている。

 男物の服の上に革のベストを纏うフェン以上に痩せた姿は、髪さえ短ければ少年と見紛うかも知れない。


「ほら、レオンさん。フェンさんの方にもっと寄って、リリアさんの分の席を空けてください」


 レオンは一瞬文句を言い掛けるが――リリアが再びニッコリと笑うと、黙って素直に従った。


 カルマたち三人もソファに座ると、リリアは自分の分の椅子を部屋の隅から持って来て、ローテーブルの脇において腰を下ろす。


「早速ですが始めましょうか? 皆さんに集まって頂いたのは、こちらにいるカルマさんの依頼で、とある任務のためのメンバーを選定するためです。

 勿論、選定はこれから行いますし、選ばれた方も任務の内容を訊いてから辞退して頂いても構いません」


 リリアは確認するように皆の顔を見回すが、異論を挟む者はいなかった。


「それでは。フェンさん、レオンさん、セナさんの順に、自己紹介をしてください」


「はいよ、リリアさん」


 リリアに促されて、フェンが口を開く。


「俺はフェン・オルカス。等級は黒金で、専門クラスは戦士。そして、得意な役割ポジションは……」


 フェンはソファの後ろに回ると、そこに立て掛けておいた自分の身長ほどもある長方形の盾を持ち上げた。


「ジャ、ジャーン! こう見えて、俺は防御役タンクなんだよね?」


 得意げに言う様子に、隣のレオンは片手で顔を覆う。


「……おまえは売れない大道芸人か? 一緒にいる僕の身にもなってくれ……」 


「何だよ、レオン? ホント、詰まらない奴だなあ……ほら、次はおまえの番だ」


 あっけらかんとした感じで言うフェンに、レオンはウンザリした顔で応じる。


「……僕はレオン・クローネ。等級は同じく黒金で、専門クラスは見ての通り魔術士。得意な魔法は火属性だ」 


 つまりはオーソドックスな攻撃型魔術士という訳だ。


 そして次はセナの番だったが――レオンの自己紹介が終わっても、少女は下を向いまま黙っていた。


「セナさん……あなたの番ですよ?」 


 リリアに促されて、ようやくセナは話し始める。


「……セ、セナ・リーシカ……青銅等級……専門クラス密偵スカウト……です」


「……何だ、てめえ? そのウザってえ喋り方はよ!」


 金等級云々の話以降ずっと大人しくしていたレジィが、我慢できなくなって苛立ちの声を上げる。


「そこらにいるガキだって、もうちっとマシに喋るぜ? てめえみたいな腰抜けチキンは目障りなんだよ、さっさと消えな!」


 レジィほど気が短くなくても、似たような反応をする者も少なくないだろう。

 フェンもレオンもそう思っているようで、顔を青くして部屋を出て行こうとするセナを止める素振りすら見せなかったが――


「待てよ、セナ。帰る必要なんてないからさ?」


 セナが驚いて振り返ると――カルマが爽やかな笑みを浮かべていた。


「俺はセナにも、部隊チームに入って貰いたいんだけど?」


「おい、魔王様! 何の冗談だよ! こんな腰抜け……」


 漆黒の瞳に見据えられて――レジィは言葉を途切れさせる。


「レジィ……条件は全部俺が決めるって言ったよな?」


 その一言でレジィは黙るが、フェンとレオンは違った。


「ちょっと待ってくれ! そいつと僕は部隊チームを組むのか? そんな馬鹿な話に乗れる筈がないだろう!」


 メンバーの実力は自分の生死に直結する。だから、全く頼りになりそうもないセナの加入にレオンは当然のように反対するが――フェンは別のことを考えていた。


「俺は別に構わないけど。それよりも……今『魔王様』って言ったよな? そっちの方が気になるわあ!」


「おい……」


 全く関係ないことに注目しているフェンを、レオンは憮然とした顔で睨み付けた。


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