第117話 レジィと冒険者ギルド


 カルマがレジィを連れて向かったのは冒険者ギルドだった。


 砦の形を模した二階建ての石造りの建物。六芒星を円で囲んだギルドの紋章が掲げられている。


「カルマさん、いらっしゃい。お待ちしてましたよ!」


 扉を潜るなり、受付のカウンターから声を掛けてきたのは二十代半ばの女性だった。


 藍色の髪を肩で切り揃えた切れ長の目の知的美人。冒険者ギルド・ラグナバル支部事務長のリリア・ローウェルだ。


 カルマがレジィを連れてカウンターの前に立つと、いつも通りの事務的な笑みで応じる。


「こちらの方がカルマさんが言っていた……」


「ああ。今日冒険者登録を頼むレジィ・ガロウナだよ」


 カルマは昨夜のうちに冒険者ギルドを訪れて、今日の用件を粗方伝えていた。

 ギルドは遠征から帰った冒険者との取引や依頼者との交渉を夜にすることも多く、下手な酒場よりも遅くまで営業しているのだ。


「初めまして、レジィさん……冒険者ギルドへようこそ!」


 不機嫌そうなレジィに笑みを返しながら、リリアはさりげなく横目でカルマを見る。


(……昨日名前を濁したのは、こういうことですか?)


 職業柄に目鼻の利くリリアは、レジィ・ガロウナが『同族殺し』の名前であることを知っていた。

 しかし、そんな態度はおくびにも出さずに――


「そうですね……カルマさんの紹介なら初めから青銅等級――何でしたら黒鉄等級でも構いませんよ?」


 どこまで本気なのかリリアの表情からは読み取れないが――

 大盤振る舞いの発言に、周りにいる冒険者たちが聞き捨てならないと、怒りと妬みが入り混じった視線を集める。


「冒険者ランクの話だよな? だったら、当然俺は金等級だろ?」


 全く空気を読まず、事も無げに言うレジィの態度に、冒険者たちの怒りがさらに増した。

 金等級冒険者など――クロムウェル王国全体でも二部隊チームしかいないのだ。


「いや、普通に無印で良いよ……なあ、そうだろうレジィ?」


 爽やかな感じで笑うカルマに――

 レジィはギクリとして、顔を引きつらせる。 


「……ああ、俺が悪かったぜ。等級なんて何でも構わねえよ」


 そんな二人のやり取りを眺めながら、リリアはニッコリと笑う。


「カルマさんなら、銀等級の資格くらい十分ありそうですね……どうです? 今すぐ銀等級への昇格を認めますから、その代わりに私が推薦する仕事を一つ請けるというのは?」


「悪いけどさ、それも遠慮しておくよ」

 

 カルマは即答する。


「俺には他にやることがあるから、当分の間はギルドの仕事を請ける気はないよ。それよりも、レジィの手続きを進めて貰えるかな?」


「そうですか……非常に残念ですね」


 本当に残念そうにそう言うと、リリアはレジィに羊皮紙と羽ペンを差し出した。


「それではレジィさん、こちらにお名前と生年月日を書いて頂けますか?」


 レジィは言われるままに、西方語で記述する――人間に征服された歴史を持つこの地域の獣人たちは、種族独自の言語ではなく、人間と同じ西方語を使っているのだ。


 ちなみにカルマの場合は――アクシアが話す竜語も西方語も、初めから使うことができた。

 その理由は――カルマが元居た世界にも同じ言語が存在したからだ。


 同一の神々による支配を受けているせいだろう――カルマの世界の竜たちも同じ言葉で話していたし、西方語と同じ言語を使う人間の国も存在した。


 二つの世界には、他に幾つも同じ言語が存在している。アクシアの版図にいた巨人や亜人の言葉も然りだ。


 だから――嘗ての世界の言語全てを記憶しているカルマには、非常に都合が良かった。


 そしてアクシアの場合はというと――竜族の高い知性と、千年という長い時間を生きてきたこともあって、半ば暇潰しに他種族の言語の多くを取得していた。 


「それでは手続きを済ませてきますから、暫くここでお待ちください」


 カウンター奥の扉の中にリリアが消えると、それを待っていたかのように声を描けてくる者がいた。


「あのう……つかぬことを伺いますが、カルマ・カミナギ様でいらっしゃいますか?」


 修道服姿の彼女は、青銅等級を現わすプレートを首から下げていた。

 年齢は十代後半。前髪を切り揃えた栗色のショートカット。真面目な顔でカルマの反応を待っている。


「ああ、そうだけど……君は?」


 気さくな感じで応じるカルマに対して――彼女は背筋をピンと伸して敬礼する。


「申し遅れました。私は正教会一級修道女ソフィア・ハートランドです。白鷲聖騎士団長クリスタ・エリオネスティ卿の命により、カルマ・カミナギ様にお仕えするために参上しました」


 また無駄に目立つようなことを――場違いな台詞を吐くソフィアにカルマは苦笑する。


「お仕えするって……何か勘違いしてないか? クリスタさんに頼んだのは部隊(チーム)のメンバーのことだし、そもそも俺は部隊(チーム)に加わらないからさ?」


「はい、確かにそう伺っております。しかしながら、部隊の総指揮はカミナギ様が執られるかと思いまして!」


「まあ、間違っちゃいないけどさ……なあ、ソフィア? まずは、その『カミナギ様』ってのを止めにしないか? 聞いているこっちの方が面倒臭く感じるんだよ」


 しかし、ソフィアは引かなかった。


「それでは、どのような敬称を使えば宜しいでしょうか?」


「いや、敬称なんて付けなくていいからさ」


 カルマは本気で面倒臭くなってきたが――


「いいえ、そのような訳にはいきません。私は貴方にお仕えする身ですので!」


 そんなやり取りをしているうちに、リリアが戻って来た。


「お待たせしました。レジィさんと同名同生年月日の登録はありませんでしたので、そのまま登録させて頂きました」


 レジィの前のカウンターに等級章ランクエッジの無いメンバープレートを置くと、たった今気づいたかのようにソフィアの顔をまじまじと見る。


「ところで、ソフィアさんは何をしてるんですか?」


 ソフィアもギルドのメンバーだから、二人は当然顔見知りだった。


「私はエリオネスティ卿の命に従って、カミナギ様にお仕えするために来たんです」


 それだけの説明で、リリアは大よその状況を察したようだ。


「カルマさん。実はもう一つの依頼の件で、別室に人を待たせているのですが……ソフィアさんも一緒に、そちらにご案内するというのはどうでしょうか?」


 リリアの気遣いを断る理由など、カルマにはなかった。


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