第116話 レジィの悪巧み


 ラグナバルに戻ったカルマは、レジィと待ち合わせをしている西地区の広場へと向かった。


 レジィの性格を考えれば、街中で単独行動させるのはどうかと思ったが。

 宿屋で待っていろと言ったら散々渋ったから、面倒になって許可したのだ。


「騒ぎを起こしたら……どうなるか解っているよな?」


 一応脅しておいたが、カルマは効果など期待していなかった。


(街に放たれた野獣が、飼い犬のように振る舞う筈がないよな?)


 カルマは通りを歩きながら魔力探る――レジィは約束の広場から離れた場所に居た。


 ラグナバルを訪れた日――カルマは認識阻害を発動させて、上空から城塞都市全域を詳細に観察していた。


 まるで航空写真のような都市の鮮明な映像をカルマは全て記憶しているから、魔力の位置と照らし合わせることで、レジィの居る場所がすぐに解った。


「人目に付かない場所を選んでいるけど……つまりは俺に見つかることも想定済みだってことだろう? こうなると完全に確信犯だよな」


 レジィの魔力が動く度に、取り囲む小さな点が次々と消えていく――最早、何をやっているかは明白だった。


「ホント、予想通りの行動をするよな?」


 カルマは鼻で笑って煙草に火を付ける。

 煙を深く吸い込んでから、ゆっくり吐き出すと――短距離転移を発動させた。


 短距離転移は目的地に障害物があると発動に失敗するが――建物や通りを鮮明に記憶し、魔力の位置が解るカルマには、何もない場所に転移するなど容易だった。


「おい、レジィ……随分楽しそうじゃないか?」


 突然背後から声を掛けられても――レジィは驚かなかった。


「……よう、魔王様! 思ったより早かったじゃねえか!」


 人気のない裏通りに転がっているのは十人を超える男たち。周りに武器が散乱しているから、丸腰相手に暴れた訳ではないようだ。


「言っとくけどよ、先に絡んできたのはこいつらだぜ?」


 まるで悪びれる様子もなくレジィはニヤリと笑う。


「俺は得物も抜いてなし、殺しちゃいないから問題ないよな?」


 確かにレジィの大剣は鞘に収まったままで、倒れている男たちも、今にも消えそうなくらい微かだが魔力を放っている。


「へえ……おまえはそう思うのか?」


 カルマは腕組みして煙草を咥えたまま、意地の悪い笑みを浮かべる。


「ああ、そうだぜ……」


 レジィはそう言いながら、カルマの反応を抜け目なく伺っていた。


「俺の身体を気色の悪ぃ目で舐め回すように見たこいつらが悪いんだぜ? だから、ちょっとだけケジメを付けただけさ? 何、こいつらさえ黙らせれば、騒ぎにもなりゃしねえよ!」


 確かに見た目は、レジィはケモ耳ナイスバディな銀髪美女だから、幾ら大剣二本を背負っていようと、近寄ってくる馬鹿は幾らでもいるだろう。


 だからレジィが言っているように、絡んできたのは男たちの方だろうが――それが解っていながら、レジィは敢えて人気のないところに誘い込んだのだ。


「まあ、今回のことは良いや。だけどさ……今日おまえが暴れたのは、これで何回目だよ?」


 そう言われて初めて、レジィは焦りを見せる。


「何言ってんだよ? 俺は別に……」


「おまえさあ……俺が気づかない筈がないだろう? もうすぐ此処に、おまえが痛めつけた奴の仲間が集まってくるからさ」


 カルマは呆れ果てたという顔をする。


 レジィは半信半疑という反応をする。


「魔王様……あんたでも、下手な冗談を言うんだな?」


 レジィの鋭い聴覚は、危険な音を察知してはいなかったが――


「何だよ、まだ感知できていないのか? おまえの索敵能力も街中だと案外役に立たないな――まあ喧噪だとか建物に遮られるから、耳に頼り過ぎるなってことだよ」


 カルマの言葉は事実だった――数分と経たないうちにレジィも、近づいて来る多数の足音と声に気づく。


「なあ、レジィ? おまえが蒔いた種だから……当然自分で何とかするよな?」


 今日レジィが喧嘩をのは全部で五回――相手は何れもチンピラやゴロツキと呼ばれるような輩だった。


 そんな連中が何人来ようとレジィの敵ではなかったが――一切殺さずにという条件が付くと話が変わってくる。足音から考えられるだけでも、相手の数は十人や二十人では収まらなかった。


「魔王様……モノは相談なんだけどよ?」


「殺すのは却下だからな? これ以上騒ぎを大きくしてどうするんだよ?」


 冷ややかな目で見るカルマに――レジィの変わり身は早かった。

 いきなり畏まって地面に座ると、頭を擦りつけるようにして土下座する。


「……魔王様、俺が悪かった! もう二度と軽はずみな真似はしねえから、今回だけは何とかしてくれよ!」


「おまえなあ……」


 カルマは苦笑して煙草を揉み消した。


「理由があるなら暴れても構わないし、殺すなとも言わない。だけど頭の悪いやり方はするなよ――次に同じことをした瞬間に、おまえと俺は永久に他人だからな?」


 そう言うとカルマは、足音が近づいて来る通りの方に向き直った。


「……居たぞ、こっちだ!」


 その声に従って、見る見るうちにガラの悪い男たちが集まってくる。

 抜き身の剣やナイフを手にした者たちは――軽く五十人を超えていた。


「よう、獣人の姉ちゃん……随分と好き勝手やってくれたみたいだな!」


 ホント安っぽい台詞だよな――カルマは嘲るように笑うと、男たちの方に近づいていく。


「何だ、てめえは……その獣人女のヒモか?」


 男たちは品のない声でゲラゲラと笑うが、カルマは無視して何食わぬ顔で言う。


「一応、訊いておくけどさ……おまえたちはローガンファミリーのグレッグ・ガルシアって奴を知っているか?」


 その一言で、その場の空気が変わった。


「おい、てめえ……ガルシアの旦那の名前を気安く使うんじゃねえぞ!」


(へえー……あの馬鹿もそれなりに有名なんだな?)


 愚かにもアクシアを拉致しようとして返り討ちとなり、カルマに精神をへし折られた犯罪組織の幹部――

 別にガルシアの名前なんか使わなくても、解決する方法なら幾らでもあったが――カルマは利用できる駒は利用する主義だった。


「だったら話が早くて助かるよ……俺の名前はカルマ・カミナギだ。おまえたちは目が覚めたら、どうするべきかガルシアに訊いてみろよ?」


「何眠たいことを……」


 男たちは口々に罵声を浴びせるが――言葉の途中で全員がバタバタと音を立てて倒れる。


「……また随分と呆気ねえな?」


 毎度のことだから慣れてはいたが、レジィは半ば唖然とし、半ば呆れていた。


「ほら、レジィ? 終わったから、さっさと行くぞ」


 カルマの方は当然という感じで、まるで日常の風景のように倒れた男たちを完全に無視スルーした。


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