第115話 竜王の鍛練


 翌朝――

 カルマは早速アクシアを転移魔法でハイネルの城塞まで送り届けた。


 最初に城塞を訪れた際に、カルマはハイネルのに無断で転移門を設置していた。

 しかし、模擬戦の相手を頼もうと普通に転移して現れたから、当然バレてしまった。

 

 忽然と出現したカルマに、竜の姿のハイネルは顳?(こめかみ)をヒクつかせた。


(カルマ殿……さすがにこれは……)


 黒竜王の苛立つ思念を浴びながら、カルマは何食わぬ顔で要求した。


「何だよ、細かいことを気にする奴だな? だったら仕方ない。別の場所で勘弁してやるから、さっさと部屋を用意しろよ?」


 こうして転移門の恒久化を強引に認めさせたカルマは、今度は『毎回送って来るのも面倒だから』という理由から、アクシアを転移門に登録することもゴリ押しした。


「それじゃあ、鍛錬を始めるか? まずは今の限界点を確認するからさ――アクシア、竜の姿に戻れよ」


 カルマは周辺一帯に認識阻害領域を拡大させた――黒竜たちの魔力が一斉に消えることで不自然さを感じさせないように、ハイネル以外の黒竜の魔力を阻害対象から除外する。


 城塞の上空二千メートルの高さに移動すると、二体の巨大な太古の竜エンシェントドラゴンを前に、カルマは適当な感じで言う。


「とりあえず、今日は時間もあまりないからさ……アクシア、あとハイネルもだな? 初めから本気で俺を殺すつもりで掛かって来いよ?」


(……何だと? 幾らカルマ殿でも、そんなことをすれば無傷では――)


(ハイネルよ、何を己惚れたことを言っておるのだ!!!) 


 アクシアの思念が強引に割って入る。


(おまえ程度がカルマに擦り傷一つ付けられる筈がなかろう!!!)


(だが、アクシア殿……)


(……五月蠅い!!! おまえが行かぬなら、我一人で行くわ!!!)


 アクシアはカルマに向けて突撃しながら、全力のブレスを放った。

 

 摂氏一万度を優に超える灼熱のブレスがカルマを空間ごと焼き尽くす――筈もなく、カルマは力場フォースフィールドすら発生させずに平然としている。


 服すら無傷だったが――それも当然のことだった。

 見た目は確かに服で脱ぐこともできるが、カルマの身体の一部のようなものだから。


 ハイネルが呆然とした顔で眺める中――アクシアは攻撃の手を緩めることなく、今度は接近戦を仕掛けた。

 しかし――竜の魔力を帯びた金色の牙と爪を何度叩き込もうと、やはりカルマに傷一つ付けることができなかった。


「……まあ、こんなところかな? アクシア、攻撃を止めて良いよ」


(うむ……承知したぞ……)


 息こそ乱れていなかったが、全力攻撃を続けたアクシアは魔力と体力を大量に消耗していた。


「前から思ってたけどさ? おまえの戦い方って、無茶苦茶エネルギー効率が悪いよな?」


 カルマはアクシアの目の前に――大きさも寸分違わない彼女自身の立体映像を出現させた。


「良いか、アクシア……これがおまえが戦っているときの魔力の流れだよ」


 立体映像のアクシアは、先ほどカルマを攻撃したときの動きを忠実に再現する。

 まずは最初に放ったブレスだ。アクシアの口から灼熱の魔法の焔が放たれるが――その直前にアクシアの腹部が渦巻くように輝いて、ブレスと一緒に白い光が放物線となって放射された。


「この白い光が、おまえの魔力の動きを現わしている訳だけど――最初の『溜め』のところで、魔力の集約が不十分なんだよ。それからブレスを放ってから俺に届くまでに、結構な魔力が消失ロスしてるな?」


 続いて立体映像のアクシアが、近接戦闘で爪と牙を立て続けに見舞う。

 攻撃している間、アクシアの全身が白く輝いていた。


「ほら、攻撃する爪と牙に魔力を集約してないから、ポテンシャルの割に威力がイマイチだし、消費量も無駄に多いんだよ」


 カルマは呆れた顔をする。


「これまでおまえが戦ってきた程度の相手なら、これでも通用したんだろうし、おまえは魔力の量もあるから、魔力切れにならなかったんだろうけどさ?

 まあ、これはアクシアに限った話じゃなくて、この世界の大抵の奴に言えることだけど――魔力操作に関しては全然ダメだな」


 カルマが居た世界では――魔力は科学的に解析されており、体系化された技術は『魔力技術(マナアート)』と呼ばれていた。


 如何にして魔力を強化し、如何にして効率的に発動させるか――


 そんなことは『魔力技術(マナアート)』の基本(セオリー)だったが――元居た世界でも、理解してなかった。


 カルマから容赦のないダメ出しを食らっても――アクシアはヘタレるどころか、逆に爛々と目を輝かせた。


(つまりは……カルマの言うような魔力操作を身につければ、我はまだまだ強くなれるということであろう!!!)


 カルマは意地の悪い顔をする。


「いや、間違っちゃいないけどさ……今のおまえじゃ、ホントに基礎の基礎から覚えるってレベルだからな? まともに使えるようになるには―――

 一度自分を限界まで追い詰めて、今のおまえの考え方を根本から壊す必要があるんだよ?」


(何を言っておるのだ、カルマよ!!! 温(ぬる)い鍛錬など、こちらから願い下げだ!!! 強くなるためならば、我はどれほど厳しい試練でも構わぬぞ!!!)


 噴き上がる炎のような勢いで、アクシアは捲し立てた。


「なるほどね……良く解ったよ」


 カルマは面白がるように笑う。


「だったら、俺が徹底的に鍛えてやるよ……そういうことで、ハイネル? アクシアを効率良く鍛えるためには、模擬戦相手のおまえにも強くなって貰う必要がある。だから――覚悟しておけよ?」


 漆黒の瞳に正面から見据えられて――ハイネルはその視線を毅然と受けとめた。


(ああ……私にも異論はない!)


 強くなれるのであれば、どんな試練であろうと受けて立つ。ハイネルは腹を括っていた。

 何故ならば――


(……アクシアだけに、強くなられて堪るものか!)


 思念を飛ばすことなくハイネルは、その思いを内に秘める。

 決して頭が上がらず、ある意味では天敵とも言えるアクシアの暴挙を――これ以上許す訳にはいかないのだ。




 カルマはハイネルの全力攻撃も容易く受け止めると、アクシアにしたのと同じように、魔力の動きについて説明した。


 それが終わると、カルマは二人の竜王の立体映像に新たな魔力を付与する。


「映像を同時投影モードに切り替えたから、おまえたちが発動した魔力がそのまま映像に反映される。まずはこいつを見ながら、自分の魔力を制御してみろよ?」


 二人の竜王は魔力を発動させて、その動きを意識的に変えようとするが――変化はなかった。


「そんなに簡単にできるなら、鍛練なんて必要がないだろう? 感覚が掴めるまで暫くは時間が掛かるから、模擬戦も交えるなりして色々と試してみろよ?」


 それから一時間ほどカルマは二人に付き合って、魔力制御の基礎を教えた。


「あとは二人で暫く自習だな? 映像は残しておくから好きに使ってくれ。認識阻害領域も城塞から半径二キロの範囲に張っておくからさ、鍛錬している間はそこから出ないようにしろよ?」


 竜王同士の魔力のぶつかり合いが、興味を引く可能性もある。

 自分がいない間に、から本気の襲撃を受けることは避けたかった。


(カルマよ……其方はもう帰るのか?)


 アクシアは不満そうなだった。


「ああ、他にも色々とやることがあるからな……アクシア、宿屋の転移門におまえも登録済みなんだから、帰りは勝手に帰って来いよ?」 


 そう言うなりカルマは、唐突に転移した。


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