第114話 クリスタの事情


「ところで……俺たちの話ばかりして悪かったけどさ。クリスタさんの現状は、どんな感じなんだよ?」


 レジィとのやり取りなど無かったかのように、カルマはしれっと爽やかな笑みを浮かべる。


「その顔は……カミナギ、何を企んでいるのよ?」


 クリスタはジト目で見るが――カルマは『いや、別に何でもないよ?』と適当な感じで流した。

 クリスタは不満だったが、どうせ説明するつもりだったので素直に応じる。


「この二日間で――正教会上層部の急進派から次々と『筆写書簡』が届いたわ」


 『筆写書簡』とは――魔術士同士が『伝言メッセージ』の魔法で取り交わした内容を書き写す形式の書簡だった。

 

 遠方にいる相手に対して短期間に書面を送るために、『書記士』と呼ばれる国家認定魔術士が『伝言メッセージ』をやり取りする。

 文書の筆写と蝋による封印までを書記士が行うため、書記士には信頼性と正確さが求められ、『筆写書簡』は準公式文書として扱われる。


「書かれていた内容はどれもほとんど同じで、キースお爺様と私への協力を誓うものだったわ……カミナギなら解るでしょうけど、この文書は彼らの足枷になるわね」


 本来は政敵である総司教のキースと、白鷲聖騎士団長クリスタに協力を申し出た書面が表沙汰となれば、自分たちの派閥を裏切った証拠として扱われかねなかった。


「皆が示し合わせたように同じ内容を送って来たから、私たちに罠を仕掛けてい来たとも考えられるけど――そうじゃないわよね? カミナギがグランチェスタを使って、急進派に圧力を掛けたんでしょう?」


 枢機卿アベル・グランチェスタがカルマにことはクリスタも知っていた。


「いや、少なくとも俺は、グランチェスタに指示なんて出していないけどね?」


 計算高いグランチェスタがカルマの意図を汲み取って、早速手を打ったというところだろう。総司教と枢機卿という正教会のトップ二人が手を組んだとなれば、己の保身のために動かざるを得ない。


 『ふーん、なら良いけどね?』という感じでクリスタは疑わしそうな顔をする。


「私がいるグリミア聖堂の責任者ブラウン大司教だって、気持ちが悪いくらい愛想が良くなったわよ。さすがはグランチェスタというところね……」


 とは言え、グランチェスタをどこまで褒めて良いのか――クリスタとしては複雑な心境だった。


「だから、昨日と今日は想定とは違う理由で忙しかったのよ。一応全員に『筆写書簡』の返信する必要があったから」


 クリスタの方は相手の派閥と立ち位置を考慮して、最も効果的と思われる内容の文書を送ったのだ。


 クリスタが想定していたのは、自分の不在を狙った他の派閥の工作だったが――そちらもあるにはあったが、不自然なほど簡単に解決してしまった。

 おそらくは仕掛けた側が状況の変化を知って、うやむやにする形で動いたのだろう。


「もう少し様子を見ないとハッキリしたことは解らないけれど……ラグナバルに強い魔力を持つ存在が出没していた件も、貴族の惨殺事件も、急進派の実行部隊と『猛き者の教会』の活動が鎮静化すれば粗方解決すると思うわ。

 その上、今回のことで急進派そのものが大人しくなってくれれば……私が心配するようなことは、ほとんど無くなるわね」


 クリスタの氷青色アイスブルーの瞳が真っすぐに見つめてくる。


「そういう意味でも……カミナギ。貴方には本当に感謝しているわ。ありがとう」


 あまりにも素直に礼を言われて――カルマは居心地が悪そうに頭を掻く。


「あのさあ……クリスタさん? まだ何もハッキリしていないんだから礼を言うのは早過ぎるし、別に俺だけで解決した訳じゃないんだから、買い被り過ぎじゃないか?」


 カルマは苦笑するが――クリスタは微笑むばかりで、じっとカルマを見つめ続けた。


「なあ、クリスタ……そのように状況を利用して抜け駆けするのは、あまり感心せぬな?」


 そう言うながらアクシアは、カルマの首に腕を回してしな垂れ掛かる。


「クリスタも解っておろうが――カルマの共犯者は、この世界で我一人だ!!!」


 アクシアは勝ち誇るように宣言するが――


「そうね、確かに認めるわよ……はね?」


 金色と氷青色アイスブルーの視線がぶつかり合い、バチバチと音を立てるかのようだった。

 そんな二人に挟まれる形で、カルマは呆れた顔で溜息をついた。


「ああ、そう言えばさ……レジィ?」


 不毛な争いにいつまでも付き合う気など無く、カルマは無視(スルー)することにしてレジィに話し掛けた。


「……な、何だい、魔法様?」


 先ほど散々痛ぶられた、脅された(?)レジィは、まだ腰が引けていた。


「さっきから俺は神を叩き潰すとかと、普通に考えたら頭のおかしい奴みたいな発言を散々していた訳だけど――おまえは全然反応しなかったよな? アクシアの本来の姿や、ハイネルや奴の眷属とか色々見過ぎて、すっかり慣れたってことか?」


 そうなのだ。カルマの目的について、クリスタにはそのものズバリを説明したが――レジィは疑う訳でも驚く訳でも馬鹿にする訳もなく、何の反応も示さなかった。


「何だ、そういう話かよ……まあ、確かに慣れたっていうのもあるな?」


 不穏な内容ではなかったことにレジィは安堵した。


「あとは、そもそも話が大き過ぎて実感が湧かないし、相手が誰だろうと魔王様なら負ける筈がねえからな――俺は考えても意味がないことは、一切考えない主義なんだよ」


 カルマを信頼していると言えば聞こえが良いが――問題を放置しかねない態度に呆れてしまう。

 こういう割り切った考え方もある意味アリかとは思うが――今回の場合は、結局解らないことを他人任せにして、自分では考えないというだけの話だ。


「おまえなあ――思考停止する奴には、反省文でも書かせてやろうか?」


「ちょっ……何でだよ、魔王様! 俺が何か不味いことでも言ったかよ?」


 慌てまくるレジィを、カルマは意地の悪い顔で眺めていた。


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