第120話 レジィの答え


「俺が合図したら……おまえの好きにやって良いからな? これから、おまえの部隊チームになるんだ。本性を隠したって意味がないだろう? だけど――勘違いするなよ? どんな奴でも一度メンバーにしたら、おまえが責任を持つんだからな?」


 冒険者ギルドに行く前に、カルマはレジィにそう話していた。

 だからレジィは好き勝手に振舞っているのだが――


(……責任を持つって意味を、本当に解っているのかよ?)


 至近距離からレオンを睨み付けるレジィを、カルマは呆れた顔で眺める。


「なあ……レオンって言ったな? 結局のところ、てめえが気に入らないのは、自分よりも実力のねえ奴に従わなきゃならねえってことだろう? だったら話は簡単だ――俺の実力を見せてやるよ!」


 このときレオンは、かつてないほどの戦慄を憶えていた。

 本物の野獣のような目をした女――魔術士である彼には、この距離でレジィに抗う術などない。


「実力を見せるだと……僕をどうするつもりだ?」


 背中に冷たい汗を感じながら、それでもレオンは引き下がらなかった。

 半分は意地だったが、しっかり計算もしている。ここは冒険者ギルドの中なのだ。幾ら何でも、殺したりはできないだろう。


「てめえは……殺される筈がないって思ってるだろう?」


 レジィは見透かすように言うと、犬歯を剥き出しにして笑った。


「だがな、残念だがハズレだ……俺にとっちゃ、冒険者ギルドの看板なんて何の意味もねえんだよ!」


 レジィの全身から本気の殺意が噴き上がる――椅子に座るときに邪魔だからと、レジィは二本の大剣を鞘ごと外していたが、そんなことは関係がなかった。


 この女なら、たとえ素手であろうと首の骨くらい簡単にへし折る――そう確信させるだけの迫力が今のレジィにはあった。


「なあ、レジィさん……ほら、少し冷静になろうや!」


 いつも楽観的なフェンも、只ならぬ空気を感じ取っていた。

 防御役(タンク)である彼は、まだ手に持ったままの巨大な盾を、レジィとフェンの間に割り込ませるタイミングを計っていた。


「そうです、レジィさん……落ち着いて話をしませんか?」


 ソフィアはそう言いながら、レジィの死角となる右手で防御魔法の印を結ぶ。


「……」


 セナは無言で少しずつ後退しながら、隠しにある投げナイフに手を伸ばす。


 レジィはその全てを視界に入れながら――誘いを掛けた。


「おい、てめえはソフィアだったな……」


 いきなり声を掛けられてソフィアが唖然とすると――褐色の瞳が睨んでいた。


「俺に隠れて魔法を使おうなんざ……十年早えんだよ!」


 右手一本でソフィアの襟首を掴んで吊り上げる――この隙をフェンは逃さなかった。


「レオン、下がれ!」


 叫びながらテーブルに飛び乗ると、レオンを庇うように大盾を構える。


「まあ……そんなとこだろうな?」


 レジィは笑いながらソフィアを放り投げると――空いた右腕を振りかぶって、大盾の真ん中を狙って拳を叩き込む。


「怪我したくなけりゃ、しっかり持ってろよ!」


 ベコリッ――鈍い音を立てて大盾の真ん中が凹むと同時に、フェンは後ろに庇ったレオンを巻き込んで豪快に弾き飛ばされた。

 足に引っ掛かったソファがひっくり返り、さらに数メートル飛ばされて、背中から床に叩きつけられる。


「おい、ガキ……投げるなら、さっさとしろよ!」


 後退することで難を逃れたセナは投げナイフ構えていたが――レジィに睨まれて動くことができなかった。


「……ふざけるなよ!」


 レオンはフェンに巻き込まれて後ろ向きに倒れはしたが、運良くソファがクッションとなってダメージは少なかった。


 しかし、フェンの背中が顔面に当たって鼻血を流しており、その怒りの形相はイケメンとは程遠いものになっていた。


「おまえは絶対に許さない……焔よ、業火よ、我に――」


 だが勿論、呪文が発動するまでレジィが待ってやる理由などなく――

 詠唱の途中でレオンの意識は途切れた。


「ばーか! せめて文句を言う前に詠唱を始めろよ!」


 とりあえず片付いたというところで、レジィは部屋の隅の方へと歩いていく。

 そこには、放り投げられたソフィアが立ち上がって身構えていた。


「レジィさん……あなたという人は……」


 睨み付けてくるソフィアを――レジィは鼻で笑う。


「てめえも意識を失うまでやろうってなら相手になるが――もう終いで良いだろう? そんなことよりも……神聖魔法が使える戦士さんよ? あいつらを治療してやったらどうだ?」


 レジィにそう言われて――ソフィアはもう一度睨みつけてから、倒れているレオンとフェンの元に向かった。


(カルマさん……本当にこの人たちで良いんですか?)


 完全に取り残された格好になったリリアが、カルマの耳元に小声で囁く。


(『実力はどうでも良いから、できるだけ癖の強い奴が良い』と仰っていたので彼らを選びましたけど……正直なところ、お勧めしませんよ?)


 カルマはリリアにも、クリスタと同じような注文を付けていたのだ。

 彼女はクリスタほど事情が解っている訳ではないから、こう言うのも当然だった。


「ああ、リリアさんありがとう。俺が考えていたのメンバーだよ」


 カルマは声を落とさずに、したり顔で応える。

 確かに問題だらけの面子だけど――元々それが狙いな訳だし、想定していなかったもあったから上々だろう。


「この部屋のことは、滅茶苦茶にして悪かったね。迷惑料は色を付けて払うからさ?」


「いいえ、に伺ってましたから構いませんよ。それに、せっかくですから、カルマさんへの貸しにしておきますね?」


 今度はリリアも声を落とさずに、ハッキリと告げる――好きにやらせればレジィが暴れることくらい、当然カルマは想定済みだった。


「貸しかあ……その方が怖い気がするけどね?」


 カルマは苦笑しながら、不機嫌そうな顔で戻ってきたレジィを眺めた。


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