第103話 ハイネルの眷属


 カルマたちが転移した先は、今度も森の中だった。

 周囲の景色は、先程までと大差がないように見える。


「……この辺りに、そのハイネルって奴が居るんだよな?」


 レジィが訝しそうな顔をする。

 周囲の景色の変化から、レジィには自分たちがいる場所の見当がついていた。


 位置的には、クロムウェル王国の南西部から境界線を越えて広がる広大な森林地帯の西端近くだろう。

 しかし、アクシアが話していたような化け物じみた存在が、この辺りに居るなんて話は聞いたことがなかった。


 気配を探ってみてみても、特にこれといったものは感じられない。

 だったら、自分の知覚能力では捉えられない程の相手なのかと警戒心を強めるが――


「悪いな、レジィ。まだ目的地に着いた訳じゃないんだ」


「……何だよ、ビビらせやがって!」 


 非難がましく見るレジィに、カルマは苦笑する。


「あのなあ、俺だって今日ハイネルのところに行くとは思わなかったからさ。そんなに都合の良い場所に、転移門なんて用意してないからな?」


「だったらよ? ここからどうやって移動するんだ? 魔王様のことだから飛んで移動するとか?」


「まあ……そんなところかな?」


 カルマは意味ありげな笑みを浮かべる。


「とりあえず……浮遊領域フローティングエリアを発動させるから落ちる心配は無いなけど。慣れないとバランス感覚が狂うから、一応俺の身体に掴まっておけよ?」


 台詞の途中で魔法が発動して、三人は空中に浮かび上がった。

 木々の高さを超えると上昇速度が上がり、高度二千メートルまで一気に上昇する。


「うむ、そうだな。カルマがそう言うなら我も従おう」


 アクシアはさも当然という感じで、カルマの首に両腕を回す。


「おい、アクシアは慣れてるだろう?」


「いや、そんなことはない。何度経験しようが、早々慣れるものではないぞ!!!」


 悪戯っぽく笑うアクシアにカルマは呆れた顔をするが、それ以上文句は言わなかった。


「レジィはどうする? 悪いことは言わないから俺に掴まっておけって」


「何だよ、魔王様も大げさだなあ……」


 確かに高さは高いが唯それだけだろうと、このときレジィは高を括っていた。

 転移魔法の感覚にもすぐに慣れたんだから、飛行魔法くらい訳ないと――


「アクシア、一応確認しておくけどさ? ここから西に八十キロくらいの距離に、大きな魔力を持つ奴がいる……おまえほどじゃないけど、それなりに近いレベルかな? あとはそいつの周りに、そこそこ大きい魔力が複数……霊獣くらいは目じゃないクラスの奴が結構な数いるけど?」


「ああ、一番大きい魔力がハイネルで間違いないだろうな。周りに居るのは、あの小僧の眷属であろう……奴は取り巻きに囲まれるのが好きだからな!!!」


 アクシアは馬鹿にするように笑った。


「まあ、おまえは……住処を造らせた奴まで追い出すくらいだからな? ところでさ、おまえにも眷属はいないのか?」


「我には弱者を従えて悦に浸る趣味はない。我が共に居たいの相手は……其方のような真に強き者だけだ……」


 金色の瞳が熱い眼差しを向けて来るが、カルマは惚けた感じで――


「その理屈だとさ、レジィも強いって認めることにならないか?」


 話をはぐらかされて、アクシアは不機嫌になる。


「レジィの小娘など、同行することを許してやっているに過ぎぬ。そこまで気に掛けている訳ではないわ!!!」


 なんで俺が貶されてるだよと、レジィは面白くなさそうな顔をする。


「まあ、そうは言ってもさ? アクシアも何だかんだと言って、レジィのことをある意味で認めているとか……多分ね?」


「何だそりゃ! 魔王様、全然フォローになってないぜ!」


 適当な感じで話を纏めようとしたカルマにレジィはため息をつくが――カルマはしれっと聞き流スルーした。


「そろそろ移動を始めるからな? レジィ、おまえの好きにして構わないが、後で文句を言うなよ?」

 

 最後通告と言う感じでカルマは言う。


「ああ、仕方ねえな。解ったよ」


 ちょこんと上着の袖口を形だけ摘まむレジィに……カルマは意地の悪い笑みを浮かべた。


「なあ、俺は忠告はしたからな?」


 唐突に、カルマは短距離転移を連続発動させた――


 一秒に一回転移魔法が発動して、景色が次々と変化する。

 カルマは回避運動を意識していたから、転移する度に上下左右に位相をズラした。


 秒速二キロの移動と言っても転移しているのだから、空気の壁を突き破る訳でもなく、音も振動もなかった。だから――普通の人間であれば、却って何も気づかずに平然としていたかも知れない。


 しかし、なまじ鋭い空間把握能力を持つ故にレジィは、何が起きているのかを理解してしまった。


(……何なんだよ、こいつは……)


 しかも位置を把握しようと下を見ていたから、目まぐるしい景色の変化と上下左右のブレにレジィの三半規管は悲鳴を上げた。


「……おい、レジィ? もう目的地に着いたけど?」


 そう言われたとき――レジィは縋り付くように、両手でしっかりとカルマの袖を掴んでいた。


「おまえは大口を叩いておきながら……本当に情けない奴だな」


 アクシアが呆れた顔で言うが、レジィには何か言い返す気力もなかった。

 ぐったりしながら顔を上げると――眼前に広がる光景に気づいて、思わずゴクリと唾を飲み込む。


「……何だ、このデカさは!」


 険しい山々に囲まれた窪地には大きな湖があり、湖面は深い青に染まる。

 陽光に照らし出される景色は非常に美しかったが――レジィが目を奪われたのは勿論そんなものではなかった。


 湖の畔に聳えていたのは――とてつもなく巨大な城塞だった。


 上空からではサイズ感が解り辛いが――周囲の山々との対比から、その異常な大きさの程が解った。


 とても人間の城のような規模ではない。

 扉や窓のサイズからも、巨人か、或いはそれに相当する大きさの生物のための建築物以外の何物でもなかった。


「レジィ……驚いている暇はないと思うけど?」


 カルマが視線を促すと――城塞から黒い生き物が飛び立つのが見えた。

 コウモリのような翼を広げる黒い鱗に覆われた大きな爬虫類――それは紛れもなく黒竜だった。


「……おい、冗談だろう?」


 黒竜がカルマたちがいる上空目指して上昇を始めると――それに続くように他の他の黒竜が城塞から飛び立った。


 黒竜たちは次々と空に舞い上がり――その数は瞬く間に二十を優に超えた。


「なかなかの歓迎ぶりじゃないか? ハイネルの眷属は働き者みたいだな?」


「いや、そうではない。単に暇を持て余しておったのだけであろうな?」


 黒竜がすぐそこまで迫っているというのに、カルマとアクシアにはまるで危機感がなかった。


「おい! そんなことを言ってる場合かよ! あんたたちだって、さすがにこの数はヤバイだろうが!」


 レジィが捲し立てている間に最初の黒竜が急接近し――

 鋭い牙が並ぶ大口を開けて、黒い炎を吐いた。


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