第102話 そうは言っても……


 アクシアの言葉の意味をバウラスは理解したが――だからと言って簡単に信じられるような内容ではなかった。

 目の前にいる女は――あの偉大なる存在と同族だと言うのか?


「我の言うことが信じられぬようだな? まあ、それも仕方のないことか……」


 結局黙り込むしかないバウラスを、アクシアは鼻で笑う。


 本来の姿に戻れば簡単に証明できることだったが――カルマとの約束もあることだし、そこまでして信じさせる必要などないとアクシアは判断する。


「信じようと信じまいと、貴様には他に選択肢など無かろう? それとも……貴様はハイネルの怒りを買うことを恐れて、我に滅ぼされる道を選ぶか?」


 そう言い終えた瞬間――ゴキッ……と鈍い音が洞窟に響く。

 後頭部を思いっきり殴られて、アクシアは蹲った。


「カ、カルマ……何をするのだ!!!」


「あ、悪い……ちょっと殴りたくなってさ?」


 しれっと爽やかな笑顔でカルマは応えた。


「アクシア、おまえさあ……完全に悪役の顔になってるぞ?」


 笑顔でジト目を向けられて――アクシアはとてつもないショックを受けた。


「な……我が、悪役だと……」


「別に脅すことが悪いとは言わないし、俺だって散々なことをやってきたけどさ――俺たちにはバウラスを追い詰める理由なんてないだろう?」


 今回に限って言えば、仕掛けたのはカルマたちの方だ。バウラスたち『猛き者の教会』は、襲撃者を撃退しようとしたに過ぎない。

 

 そもそも、バウラスはギラウやギルニスのような過激な連中とは異なり、霊獣憑きを従えていると言っても、何か事件を起こした訳ではないのだ。


 それでも『猛き者の教会』の最高指導者として、過激な連中がやったことの責任を追及するのも間違った理屈ではないが――少なくともカルマは、そんな回りくどい理由からバウラスを責める気はなかった。


「俺は馬鹿っぽく正義を騙る気なんて無いし、目的を果たすためなら何をしても構わないって思うけど――もっとマシな方法があるなら、そっちを選んだ方が良いだろう?」


 カルマはそう言うと、バウラスを正面から見据えた。


「なあ、セオドア・バウラス……こういうのはどうだよ? 俺たちは勝手に過激な連中を始末するから、おまえは何も約束しなくて良い。だけど、もし『猛き者の教会』の誰かが再び霊獣憑きを増やして人間たちを襲撃したら――俺たちは教会に関わる者全てを殲滅する」


 カルマが言っていることは、アクシアの脅しと大差ないようにも聞こえるが――結果を見てからバウラス自身が判断しろと言っている点が大きく異なる。

 これなら、少なくともカルマたちに加担したことにはならない。


「本当に……それで良いのか?」


 バウラスは訝しそうにカルマを見る。

 ハイネル・ヴォルフガルドとアクシアの脅威を天秤に掛けて迷ってはいたが――だからと言って、アクシアの脅威から逃れられるなどと甘く考えてはいなかった。


 アクシアが圧倒的な強者であることは間違いないのだ。だから何れにしても大きな代償を払わざるを得ないと考えていたのだが――


「今さらに聞こえるだろうけどさ――バウラス? 俺はおまえと話がしたかっただけだ。『猛き者の教会』の過激な連中……と言うよりも、奴らを操っているモノに、俺は喧嘩を売ってるんだよ」


 漆黒の瞳は強かに、バウラスを見定めようとしていた。


「力づくで全て解決できるなら簡単だけどさ……俺は、おまえたちを皆殺しにしたい訳じゃないんだ? 屍の山の上で馬鹿みたいに笑うよりも、生きている獣人を従わせる方が得だからね」


 勿論、カルマは獣人たちを支配しようなどと考えてはいないが――こう言った方が相手が納得すると思ったのだ。


「だから……俺たちが邪魔者を消してやるから、おまえには残った獣人たちを導いて欲しいんだ。俺のやり方に従うようにね」


「……『操っているモノ』とは誰のことを言っているのだ?」


 バウラスは表情を厳しくする。過激な者たちを操っている存在などに心当たりはなかった。また自分の知らないところで暗躍している者がいるのか――


「いや、特定の誰かじゃない。って言うべきかな……おまえだって気づいているだろう? この一年ほどの間に、過激なことをやる連中が増えているって――」


 世界中の聖人たちが『神の声を聴いた』と言い出してから、クロムウェル王国では三つの事件が起きている。『猛き者の教会』の過激派が起こした貴族の惨殺事件もその一つだった。


「人間たちへの復讐を何よりも優先することは、おまえが信じるガルーディア神の教えじゃないんだろう? だけど、人間を殺そうと考える馬鹿も増えている。そういう奴らを、おまえに説き伏せて貰いたんだよ――姿俺たちに、素直に従うようにね」


 勿論、全ての事件を操っているのは『狂った神々』であり、カルマは『神』そのものに喧嘩を売ろうとしているのだが――『神』を『思想』という言葉に置き換えて『支配』という解りやすい理屈を持ってくれば、カルマがやろうとしていることも現実的に聞こえてくる。


「……儂らに……おまえが支配するための道具になれと?」


「ああ、そうだよ。だけど、それこそ今さらだろう? おまえたちはハイネル・ヴォルフガルドの恐怖に支配されてるんじゃないのか?」


 アクシアの言葉尻に乗る形になるが――利用できる者は利用しようとカルマは思う。


「まさか、おまえも……同族だと言うのか?」


 予想通りの言葉に、カルマは苦笑する。


「さあね、どうかな……そんなことを、おまえが知る必要があるのか?」


 惚けた感じで応えると、バウラスに背を向ける。


「どっちにしても……アクシアがハイネルと話をつけるみたいだからさ、俺も一緒に行って会って来る。おまえがどんな選択をしようと、奴には文句を言わせない――それくらいなら、約束しても構わないよ」


 まるで気楽な調子で言うカルマの背中を――バウラスはじっと見つめる。


「アクシア、そういうことだから? ハイネルの住処まで案内してくれよ?」


「……何を言っておる? どうせカルマのことだ、ハイネルの魔力から居場所など特定しておるのだろう?」


 霊獣憑きと司祭たちを蹂躙したのはアクシアであり、途中から割り込んできたカルマは何もしていない。しかし――

 この場を支配しているのはアクシアではなく、紛れもなくカルマだった。


 バウラスもそれを理解していたから、黙って従ったのだ。

 もしも、カルマを侮って迂闊な行動に出ていれば――バウラスは全身から滴り落ちる厭な汗を感じた。


「しかし、カルマよ……レジィの小娘も一緒に連れて行くのか? それでは不味いことになるであろう?」


「いや、良いんだよ。これからレジィを同行させるなら隠し事をするも面倒だし……折角の機会だから、これも試験だってことにしないか?」


 カルマはしたり顔でレジィを見る。

 当のレジィは――途中から完全に放置されていたが、とても文句を言う気にはならなかった。


「なあ、アクシア姐さん……ハイネル・ヴォルフガルドって……いや、やっぱり良いや! 訊いたところで何がどうなる訳でもねえし、嫌な予感しかしねえからな」


 良い意味か悪い意味か微妙なところだったが――レジィは開き直ることにした。


「ほう……おまえが聞きたくないなら、それでも構わぬがな?」


 アクシアは意地の悪い笑みを浮かべる。


「まあ、良いんじゃないか? 結果は大して変わらないだろうからな」


 そう言うとカルマは、最後にもう一度バウラスの方に視線を向けた。


「俺たちが帰ったら、部下たちを治療してやれよ? 確かに今は死んでいないけどさ……結構凄いことになってるから?」

 

 何なら俺が治療してやろうかとカルマは申し出るが、バウラスは大きく頭を振った。


「それには及ばぬ……部下の怪我は、儂自身で治す……」


 半分は早く立ち去って欲しいという気持ちから。残り半分は最高指導者としての意地だろうな――カルマはバウラスの心情を想像して、微かに笑みを浮かべる。


「それじゃ、また来るよバウラス――」


 そう言い残してカルマたちは、洞窟から一瞬で掻き消えた。


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