第101話 アクシアの条件


「ガロウナといい、おまえといい……獣人であるならばガルーディア神の御心に従うべきだろう?  何故、天に唾を吐くような真似をする?」


 バウラスはアクシアを恐れる様子もなく、憮然とした顔で前に進み出る。

 護衛の一人も残っておらず、武器すら身に付けていないというのに――


「ほう……教会のトップというのも伊達ではなく、度胸だけはあるようだな? しかし、自分が置かれている立場すら理解できぬのなら、貴様は無謀なだけの愚か者に過ぎぬ」


 鼻で笑うアクシアを、バウラスは毅然と睨み付ける。


「……確かにおまえの力は圧倒的で、儂には抗う術などない。だがら、殺したいのなら好きにしろ! しかしな……所詮、おまえも獣人だろう? ガルーディア神の怒りに触れれば、何れは裁きを受けることになるぞ!」


 それは脅しというよりも――バウラスの信念だった。


 バウラス自身が敬虔な信者であり、教典に書かれた言葉を忠実に守ってきた。

 人間に土地を奪われ、森へと逃れた同胞たちにも、いつの日にかガルーディア神が人間に裁きを加えてくれるから、今は雌伏して時が来るのを待つのだと教えを説いてきたのだ。


 なるほど――根拠のない黴の生えた言葉を振りかざす老人を、レジィが馬鹿にするのも無理はないとアクシアは思った。


 しかし、それなりの数の精霊憑きや司祭たちを従えているのだから――完全に『外れ』という訳でもないだろう。


「なあ、レジィよ? おまえが言っておった五つの過激な集団以外の獣人たちも、このカビ臭い老いぼれを見限っておるのか? そうは言っても教会のトップなのであろう?」


「なっ……おまえは何ということを言うのだ! どこまで儂を馬鹿にすれば――」


 バウラスは怒りのままに捲し立てるが――アクシアに一睨みされて、思わず言葉を途切れさせる。


「我が獣人だと……貴様はいつまで勘違いをしておるのだ?」


 下らない話に付き合うのには、いい加減に飽き飽きしていた。

 アクシアはゴミを見るようにな目でバウラスを見る。


 激しい怒りを帯びている訳でも、殺意がある訳でも無かったが――アクシアという存在が放つ威圧感に、バウラスは気圧されていた。


 縦に伸びる瞳孔の金色の瞳――それはバウラスが知っている偉大なる存在に良く似ていた。


(まさか……そんな筈が……)


 迷いを振り払うようにバウラスは頭を激しく振るが――

 すでに興味を失ったアクシアは葛藤する老人を無視して、レジィに視線を向ける。


「ああ、アクシア姐さん……今の話だけどよ? 姐さんが言うように、今でも最高指導者グランマスターをやってるくらいだから、この爺さんの話をまともに信じている馬鹿も結構多いぜ。例えばそこに転がっている連中とか……」


「おまえに情報を流している輩もであろう?」


 反逆者であるレジィに情報を流すことはバウラスに対する裏切りだから、協力者のことを考えてレジィは言葉を濁したのだが――そんなことはお構い無しにアクシアは言い放つ。


「……ああ、そうだよ。俺に言わせりゃ、自分の手を汚さずに神に縋るような奴らは糞だがな。そういう連中は、過激な奴らが人間を殺すことでまた戦争になるんじゃないかってヒビって、俺に始末させようと情報を流してしているのさ」


 開き直って言うレジィに、バウラスは唖然とする。


「……何だと? では、この者たちの中にも内通者が……」


「そういうことだぜ、爺さん。理想を語るのは結構だが……少しは現実を見たらどうだ? もっとも、世の中の仕組みが解っていないのは、森に隠れている獣人全部に言えることだがな?」


 争いを恐れて森に隠れている連中も、力に溺れて人間に復讐する奴らも大差ない。結局そんなことをしたところで何も変わらないのだ。

 本当に状況を変えるつもりなら――もっと頭を使って強かにやれよとレジィは思っていた。


「いや、そんな些細な話はどうでも良いのだ。我が確認したかったのは、此奴が多少なりとも使かということだけだ」


 レジィとバウラスのやりとりを聞き流して、アクシアは詰まらなそうに鼻を鳴らす。


「おい、バウラス。貴様が上手くやれば配下の者が行った無礼を許してやるから、これから我が言うことを忠実に実行するのだ」


「……勝手なことを! おまえは何を――」


 アクシアに見据えられて、バウラスは再び言葉を失う。


「おい、貴様はまた勘違いしておるようだがな。これは提案などではない――命令だ」


 それが当然だと言うかのように、アクシアは淡々と告げた。


「今後、この森にいる獣人たちが新たに霊獣を召喚せぬよう、貴様が指導し、監視するのだ。勿論、我が言っておるのは『猛き者の教会』に直接加担している者だけではなく、信徒も含めて全ての獣人という意味だ」


「……しかし、それは無理だ。儂の言葉を無視する者を、抑えることなどできない」


 バウラスはアクシアの巨大な存在感に飲まれながらも、悲痛な顔で否定するが――アクシアは一笑した。


「そんなことは、貴様などに言われんでも解っておる。安心しろ、復讐などという下らぬことにかまけておる愚か者どもは――我が始末してやるわ!!!」


 冷酷な光を帯びた金色の瞳が、バウラスの心臓を鷲掴みにする。


「これは貴様にとっても損な話ではなかろう? 彼奴らを始末してしまえば、貴様が説く教えを否定する者もいなくなる。それに、何も貴様の配下の霊獣憑きまで皆殺しにしようと言う訳ではないのだ。我の意思に従うのであれば、其奴らは生かしておいてやろう」


 確かにアクシアの申し出はバウラスにとって悪い話ではなく、彼女の言葉に従わない場合に待っている運命と天秤に掛ければ、どちらを選ぶべきかは明白だった。

 しかし――それでもバウラスには、即座には頷けない理由があった。


 葛藤する老人の顔を眺めながら――アクシアは牙を剥き出しにして笑う。


「貴様が恐れておるのは――ハイネル・ヴォルフガルドのことであろう?」


 その名を言い当てられることを、バウラスは全く予想していなかった。

 馬鹿のように口を開けて、まじまじとアクシアを見る。


「やはり、そうか……貴様も神だ神だと言っておる癖に、結局は神の奇跡よりも現実の力を恐れるのだな?」


 アクシアは嘲るように笑った。


「我に加担することで、この森の支配者であるハイネルの怒りを買うことを貴様は恐れておるのであろう? 事によっては貴様自身だけではなく、森に住む獣人の全てが制裁を受けるのではないかと……だがな、それこそ己惚れ以外の何物でもないわ!!!」


 バウラスの考えを見透かすように、アクシアは続ける。


「我らとって、貴様たちの存在など細事に過ぎぬ。貴様たちが何をしようと、いちいち腹を立てたりはせぬわ。それにな――」


 金色の瞳は――記憶の中にあるハイネル・ヴォルフガルドを見据えていた。


「確かにこの森はハイネルの版図の中にあるが――我のやることに文句など言わせぬ。ハイネルの小僧には、我が直接言い聞かせてやるわ!!!」


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