第100話 獣人教会の最高指導者


 五体の霊獣憑きに前後から挟撃されても――そんなものなど歯牙にも掛けずに、アクシアは不遜な態度で応じた。


「貴様たちが出入口を幾つも作るのは、逃げ道の確保だけが目的ではなく……このような小賢しい真似をするためでもあるのであろう?」


 アクシアたちが洞窟の奥へと移動した後に、タイミングを計ったように入口から入って来た者たちが居た――別の出口から出て迂回してきた『猛き者の教会』の司祭たちだ。


 彼らの存在にも、その目的が二匹の虎を神聖魔法で癒すことだということにもアクシアは気づいていたが――敢えて見逃したのだ。


(さてと……折角、舞台を用意したのにまだ役者が足らぬからな。隠れている貴様たちにも踊って貰おうか!!!)


 横目でカルマを見ると――お手並み拝見という感じで面白がっていた。

 ならば期待に応えてやろうと、アクシアは獰猛な笑みを浮かべる。


「コソコソと隠れるばかりの臆病者が『の教会』などと、よくぞ恥ずかしげもなく言えたものだな?」


 金色の瞳が虎たちの後方に隠れている相手を挑発すると――毛皮を纏う獣人の司祭たちが次々と姿を現わした。

 その数は十人余り。彼らは霊獣こそ憑依させてはいなかったが、何れも中級以上の神聖魔法を操る手練れだった。


「なるほど……多少なりとも骨のある輩がおるようだが。未だ隠れておる真の臆病者たちのことは、獣人の神ガルーディアも、さぞや嘲笑っておるであろうな?」


 自らの神の名を使って挑発されては黙ってなどいられずに――今度は洞窟の奥の方から、さらに倍近い数の獣人をが進み出て来た。


 『猛き者の教会』において、毛皮を纏うことは司祭にしか許されてない。

 そして、ここにいる全員が毛皮を纏っているということは――さすがは総本山といったところか。


 五匹の霊獣と三十人近い数の司祭たちに取り囲まれて――アクシアは嘲るように笑う。


「カルマよ、本当に全てを我に任せて貰って良いのだな? 其方には悪いが……一切の手出しは不要だ!!!」


「ああ、解っているさ――レジィ、おまえも黙って見ていろよ?」


「おう……了解したぜ。アクシア姐さんの実力ってやつを、シッカリとこの目に焼き付けさせて貰うからな!」


 レジィが緊張して見つめる中で、アクシアはハルバードをに構えると――一気に加速した。


 竜の魔力を迸らせながら、姿勢を低くして滑るように地面ギリギリを滑空する。

 アクシアは一瞬で距離を詰めて、三匹の獣人と司祭たちの中に飛び込んでいった。


 とりあえず殺さないことが条件だから――アクシアは攻撃魔法を封印していた。

 さらには間違っても殺さぬようにと、ハルバードの柄で腰から下の部分だけを狙う。


 それでもアクシアが柄を振り回す度に、周囲の獣人たちは骨を砕かれ、十メートル以上も跳ね飛ばされた。

 司祭たちは結界や魔法の防護壁を幾重にも張り巡らせて、霊獣憑きは限界まで魔力を滾らせて対抗しようしたが――全てが無意味だった。


 アクシアの前では、精霊憑きも唯の獣人も等しく無力な存在なのだ。


 最初の約一分で、アクシアは前方の集団を一掃すると――壮絶な光景に声も上げられない後方の集団の方へと振り返った。


「先に姿を現した貴様たちには、我が特別に敬意を払ってやろう……ほら、万全に準備が整うまで待ってやるから、多少なりとも我と戦うに相応しい力を見せるが良い!!!」


 金色の無慈悲な視線で睨まれた瞬間、彼らは悲鳴を上げて凄まじい勢いで逃走を始めるが――それも何の意味すらなさなかった。


「……何だ、詰まらぬ。結局、貴様らも唯の臆病者か?」


 そう吐き捨てるとアクシアは再び加速して――逃げ惑う者たちを蹂躙した。


 僅か数分で、獣人たちの中には誰一人として立てる者がいなくなったが――

 アクシアの言葉通りに、少なくともこの時点では一人の死者も出ていなかった。


「……おい、マジで冗談だろう? 姐さんのことは化け物だとは思ってけどよ、まさか此処まで異常に強えとはな……」


 引きつった笑いを浮かべるレジィを、アクシアは冷ややかな目で見る。


「レジィよ、おまえは何も解っておらぬようだな? 此奴らを幾ら倒したところで、それ自体に大した意味はない。そのような些細なことに気を取られて、本来の目的を見失うとは……愚かにも程があるぞ!!!」


 アクシアは弱者を甚振いたぶって喜んだり、自分の力を見せつけて酔いしれるような悪趣味ではない。

 それでも敢えて獣人たちを挑発して引きずり出した目的は――


 この洞窟の戦力を全て集めたところで此方には容易く殲滅できるのだと、最高指導者グランマスターに思い知らせて――強引に交渉のテーブルに着かせることにあった。


「我から逃れることなどできぬとにも理解できたであろう……最高指導者グランマスターとやらよ、そろそろ姿を現してはどうだ?」


「そのつもりならば、とうの昔に逃げている……同胞を見捨てるほど、儂は落ちぶれてはいない」

 

 しわがれた低い声が響くと――洞窟の奥から一人の獣人が姿を現した。


 背中の曲がった身体に白い狼の毛皮を纏い、皺が深く刻まれた顔には、隈取のような刺青が刻まれている――

 この老人こそ『猛き者の教会』の最高指導者グランマスターセオドア・バウラスだった。


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