第86話 オストレア聖堂


 カルマたちがビクトリア大聖堂へと転移すると、グランチェスタからの書簡が届いていた。


 今度の書簡は枢機卿の紋章入りのケースに納められており、中の羊皮紙には無駄に丁寧な文章で『今日は別件があるので会談は明日の午後にして欲しい』という内容が書かれていた。


「まあ……順当だろうね? 寝室に手紙を残させたのがキースさんだとしても別途回答した訳だし、このタイミングで悠長に会談なんて受ける理由がない」

 

 カルマの言葉にクリスタは頷く。


「グランチェスタの出方も解ったことだし……すぐにオストレア聖堂へ向かいましょうか?」


「一応言っておくけどさ……グランチェスタの寝室に転移することもできるからな?」


 揶揄うように笑うカルマを、クリスタは正面から見つめる。


「そんなの却下に決まってるじゃない! いきなり寝室に踏み込んだら、私たちの方が犯罪者扱いされるわよ。それに喉元にナイフを突きつけるような真似をしたら、交渉にならないでしょう――カミナギ、私を?」


「まあ……そうだよね?」


 話はそれで終わりと軽く流したが――カルマは冗談ではなく、本気でグランチェスタの寝室へ直接転移しようと考えていた。

 いや、より正確に言えば、認識阻害を発動させたままオストレア聖堂に転移して、グランチェスタの隙を突いて拘束することを検討していたのだ。


 いきなり喉元にナイフを突きつけて交渉するという方法も、カルマの感覚で言えば十分アリだった。交渉が上手く行かなかったら――そのままグランチェスタを始末すれば良い。


 昨夜侵入した際に、カルマは催眠術式ヒプノティズムを使って情報を引き出していた。一連の天使召喚事件の主犯は、グランチェスタで間違いない。


 だから、事件を終わらせるには、これが一番確実な方法だった。

 グランチェスタを殺すことで他の急進派の人間が成り変わる可能性まで考慮するなら、急進派の幹部全員にも同じ方法で選択させれば良い。


 オードレイを廃人にするという失態を犯した時点で――カルマは全部自分で解決するというオプションを考えていた。

 勿論、こんなことにクリスタやキースを同行させるのはマイナスにしかならないから、カルマは単独で行うつもりだった。


 失態を犯したことに責任を感じたというよりも、交渉を持ちかけた側として当然の対応だと思っている。

 単独で行動するのも、全部自分で背負い込むとかそんな大げさな話ではなく、カルマにとって最も合理的な方法だからだ。


 しかし――クリスタはそんな風には考えていない。カルマが責任を感じて自分で全部背負い込もうとしていると勝手に


 寝室に転移するという話をしたとき――クリスタはカルマの意図に気づいていた。


 それが解ったから、カルマは話を流したのだ。そのまま話を続ければ面倒なことになりそうだったから――仕方ない。こうなったら、最後までクリスタさんのやり方に付き合うとするか?


「それじゃあ、転移するよ――ああ、そうそう。言い忘れてたけど、転移する先は空中だから」


 クリスタが文句を言う間もなく、カルマは魔法を発動させた。


※ ※ ※ ※


 オストレア聖堂の正門の上、十メートルほどの高さにカルマたちは転移した。


 初めて空中に立つという体験をしたキースは、緊張の色を隠せなかった。

 

「キースさん。俺が『浮遊領域フローティングエリア』を発動させているから、落ちる心配はないよ?」 


「カミナギ……ホント、良い加減にしなさいよ? でも、なんで空中に転移したのよ?」


 クリスタは『竜殺し』と呼ばれるくらいだから飛行魔法くらい使えるが、空中に転移したのはさすがに初めての経験だった。


「単純な理由だよ。障害物に妨害される確率が一番低いからね?」


 転移先に指定した『転移門』の上に一定以上の大きさの物があると、転移魔法の発動は失敗する。それは人でも同じで、仮に人通りの多い場所に『転移門』を造っても、人が転移の邪魔をするからほとんど機能しないのだ。


 だから空中に『転移門』を設置することは理に叶ってはいるが――そもそも物理的に固定していない『転移門』など、カルマ以外に造ることなどできないのだ。


 今一つ納得できない感じのクリスタを尻目に、カルマは『浮遊領域』を操作して、緩やかな速度で地上に降りて行く。


 そんな彼らの姿と声は――カルマの『認識阻害』によって完璧に隠蔽されている。

 だから、オストレア聖堂の正門の前に立つ二人の男も、僅か一メートル手前にカルマたちが降り立ったというのに、何の反応も示さなかった。


 男たちの格好は『門番』と呼ぶには余りにも物々しかった。

 甲冑の上に純白のサーコートを纏い、サーコートの胸元には金糸で獅子を象った紋章が描かれている――王都に配備される三つの聖騎士団の一つ、金獅子聖騎士団の聖騎士だ。


「金獅子聖騎士団の団長ジョナサン・レパードは『深淵なる正義の学派』のメンバーだけど……聖騎士に門番をさせるなんて、グランチェスタも奢っているわね?」


「それだけ、俺たちのことを警戒してるんだろう……じゃあ、そろそろ『認識阻害』を解除するけど?」


 どこまでも気楽な感じでカルマが言う。そのせいかクリスタも、良い意味で緊張を感じていなかった。


「解ったわ。そうしてくれる?」


 そして、忽然と現れた三人に聖騎士たちは唖然とするが――


 キースとクリスタのことは彼らも当然知っており、驚きはすぐに怪訝に変わる。


「総司教猊下と白鷲聖騎士長殿が揃って突然のご来訪とは、一体、どのようなご用件でしょうか?」


「これを見れば解るかしら?」


 グランチェスタから受け取った宛名の無い書簡を渡すと――聖騎士たちは再び驚きを見せた後、それ以上何も訊かずに、すんなりと中に通した。


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