第82話 カルマの思惑
その日の夜は、食事の量と肉がないことに文句を言ったレジィがカルマに頭を叩かれるという一幕はあったが――総じて何事もなく過ぎていった。
それもそうだろう。男女四人が同じ家に泊ったと言っても、それぞれ別の部屋を使っている上に――
クリスタは、いつもの習慣で部屋に『沈黙』と『不可視』、さらには用心のためにと『
これでクリスタを夜襲できる者など、それこそカルマ以外にはありえなかった。
レジィはベッドも使わずにダイニングの床に座って、二本の大剣を抱えて眠っていたが――少しでも物音が立つと即座に反応して、殺気に満ちた視線を向けてくる。
レジィ―を襲うなら――別の意味で一戦を覚悟するしかなさそうだ。
こんな難攻不落の二人を尻目にオスカーは――早々に自分の部屋に引き上げて、朝まで出てこなかった。
そもそも女の寝込みを襲うようなタイプではないが、強くなってからレジィにもう一度会いに行くと言った手前――何かする前に出鼻を挫かれた感じだった。
そして、カルマはというと――
「そけじゃ、適当に遊んでくるよ?」
一晩くらい寝ないところで大して不審には思われないだろうと、皆との食事に付き合うと早々に出掛けようとした。
「適当に遊ぶって……誰と?」
クリスタが冷たい視線を向けると――
「グランチェスタの関係者」
しれっと応えるカルマだったが、クリスタは驚かなかった。
「やっぱりね……そんなことじゃないかって思ってたわよ。転移で王都に行くんでしょう? だったら、私も一緒に行くわ。カミナギは王都に知り合いの一人もいないでしょう?」
「いや、この時間からじゃ、正規の手段は使えないだろう? クリスタさんは
カルマが諜報活動においても特筆すべき能力を持っていることは、これまでの状況が証明していた。そもそもカルマの助力がなければ、天使召喚の瞬間に居合わせることなどできなかっただろう。
クリスタは政略的な手腕こそそれなりにあるつもりだが、とてもカルマの真似ができるとは思えなかった。
「……解ったわ。でも……無茶だけはしないでね?」
自分が無茶だと感じることでも、カルマは事も無げにやり遂げてしまうのだから、こんなことを言っても無意味なことは解っている――それでもクリスタは、自分の想いを伝えたかった。
「ああ……俺自身が無茶だと思うことはしないよ。それで良いんだろう?」
少し意地の悪い感じで、カルマはいつものように笑った。カルマは――クリスタの想いをちゃんと解ってくれている。
「ええ……正解よ。それじゃ……いってらっしゃい!」
「うん、行ってくる」
夜の闇の中へ、カルマの姿は消えて行った。
※ ※ ※ ※
真夜中の空を、神凪カルマは連続転移で駆け抜ける――
兵器として創られた存在であるカルマは眠る必要がない――だから、この世界に来てから、他者が寝静まる夜の時間帯を情報収集のために使っていた。
距離や時間の問題も、カルマにはほとんど意味がなかった。
人が出歩かないような時間帯では集められる情報に制限があるが――カルマがその気になれば、幾らでもやりようはあった。
さすがに精神操作系の能力は倫理的に問題があるから多用しなかったが――今回のように明確な目的があって、使っても構わないと思うような相手になら躊躇わずに使う。
オードレイの件はカルマの明らかな失態だから、挽回したいという思いはある。
しかし――グランチェスタ一人を制するだけなら、すでに手筈は整っていた。
カルマが見据えているのは――もっと広い世界だった。グランチェスタという駒を動かすことが、彼を取り囲む人間たちにどのような影響を及ぼすのか。
影響の連鎖は広がり――思わぬ結果を招くこともある。
カルマとて、その全てを予測することなどできないが――結果を観察して手を加えていけば、自分の思う方向に誘導することは可能だった。
クリスタとの出会いはカルマが仕掛けてものではなく半ば偶然――いや、アクシアと共に行動していた以上必然だっだが――ヴァレリウス神の信徒との繋がりは、カルマ本来の目的を果たすための鍵となった。
(グランチェスタを上手く転がせば、正教会の急進派の全てを操れるが……まあ、結局は教会そのものを変えないと。
カルマがこの世界に来た目的は――一言で言えば神々の計略を阻止するためだ。
だが、力づくで正面から戦ったところで、カルマが居た世界と同じように全てを滅ぼす結果に繋がるだけだ――世界を滅ぼさずに計略を止めるには、神の悪意をこの世界の人々に気づかせる必要がある。
(まあ……思考の根底を覆すようなものだから、簡単にできる訳もないけどね? それでも……何とかしてやるさ)
クロムウェル王国という小国の教会組織の内側に――
カルマは神々との戦いにおける最初の一手を打とうとしていた。
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