第81話 決戦前の一幕


 森の中から戻ってきたカルマとクリスタを、レジィがニヤニヤしながら出迎えた。


「よう、お二人さん。森の中で隠れて何――」


 したり顔のカルマの視線に気づいて、レジィの言葉が途切れる――別に威圧された訳ではない。カルマの底の知れない存在感に、背中に冷たいものを感じたのだ。


「……レジィ、解っているじゃないか? でも、次からは自分から察してくれよ」


「そうね……ガロウナ。悪いけど、あなたの出る幕じゃないわ」


 クリスタにまであしらわれてレジィはカッとなるが――先ほどまでとは明らかに違う氷青色アイスブルーの瞳の迫力に、言葉が出て来なかった。


「ロウ殿も、待たせて悪かったわね。今夜は、この近くの村に泊めて貰うことになったから、そろそろ移動しましょうか?」


 クリスタの優し気な笑みに、オスカーも思わず魅せられてしまう。

 見た目の美しさに囚われたのではなく――何というか、余裕のある満ち足りた雰囲気が、クリスタの魅力をさらに増しているのだ。


(……これが本来のクリスタ・エリオネスティなのかよ? それとも……本当に何かあったのか?)


 レジィは抜け目なく測ろうとするが――そもそもクリスタという人間がまだ良く解っていないのだから、判断のしようがなかった。


「じゃあ……転移するから?」


 相変わらずカルマは、唐突に魔法を発動させた。


※ ※ ※ ※


「……って、おい! 何だよ、これは!」


 周りの景色が一瞬で森から村外れに変わったことに、レジィは驚愕していた。


「カミナギが無詠唱で転移魔法を発動させたよ? ガロウナは初めてだから仕方がないけど。このくらいで驚いていたら、カミナギと一緒にいるだけで疲れるわよ?」


 カルマのやり方にすっかり慣れたクリスタは、同情するようにレジィを見る。

 オスカーは二回目だったが――まだ慣れたとは言い難かった。


「とりあえず……教会の辺りまで移動しようか? キースさんが待っているからさ?」


 歩きながらカルマは、オスカーとレジィに村で起きたことを掻い摘んで話した。

 事件と直接関わりのない彼らに細かいことまで説明する必要はなかったが、特にレジィには必要最低限のことは教えておかないと、余計なことを仕出かす危険があった。


「……という訳で、正教会の実行犯を二十人近く拘束してるけど。下手に手出しはするなよ?」


「手出しするって言っても……あの状態だと無理じゃない?」


 視界を遮るものが少ない村では、多少距離があっても、教会のある中心部の様子を伺うことができる。

 正教会の修道士たちが発動させた魔法の光はすでに解除されていたが――その代わりに、仄かに光を放つ半透明の球体が教会全体を包み込んでいた。


「……おい。今度は何なんだよ?」


「何って、おまえも森の中で金色の壁を見ただろう? あれと同じだよ」


 キース一人を残して村を離れることになった時点で、カルマは実行部隊を隔離するために『力場フォースフィールド』を発動させていた。

 ちなみにオードレイは教会の内側に別の『力場』を作って、他の修道士からも隔離している。


 元々『力場』に色はなく、森の中では獣人の注意を引きつけるために、わざと目立つ金色にしたのだ。

 そのまま金色で通しても良いのだが――成金趣味っぽいのが気に喰わないと今回は止めた。それでも見えないと色々と都合が悪いから、半透明にして地味に光らせている。


「クリスタさんも言ってたけどさ……いちいち驚くのは勝手だけど、それに気を取られて足元を掬われるなよ?」


 カルマは意地悪く笑って、先を歩いていく。


(……驚かない奴の方が異常だろうが?)


 隣のオスカーが自分と大差ない反応をしていることに、レジィは顔をしかめながらも、思わず安堵の息を漏らした。


※ ※ ※ ※


 村の人々を村長の家に集めて、キースは食事をしながら彼らと話をしていた。


 村長の家は村一番の大きな屋敷だったが、とても二百人近い村人全員が入るスペースはなく、周囲に篝火を焚いて野外集会場のような感じにした。


 オードレイの魔法の影響は確かに残っていなかったが――魔法に掛かっていた間に見聞きしたものを、村人たちは憶えていた。

 あのときは神秘的に見えた光の卵も――光の刃を降らせた天使の姿と、残忍な言動をするオードレイの記憶と相まって、今では恐ろしく感じられる。


「まずは温かい食事でお腹を膨らませて、落ち着くことだよ」


 キースの言葉に村人たちは素直に従った。

 村長の家の台所だけでは全員分の食事を用意することができなかったから、周囲の家も借りて、皆で手分けして食事の準備をした。


 急いで用意したこともあり、温かいスープとパンだけという質素な食事だったが――その温かさが村人たちの心を和らげてくれた。


「君たちは、もう何も恐れることはない……神の使徒を悪魔は去ったのだ。の光の神ヴァレリウスは、きっと君たちを温かく見守ってくれているよ」


「総司教様……私たちを救って頂き、ありがとうございます……」


 村人たちは深々と頭を下げて礼を言い、涙する者も多かった。


 そんな彼らの肩を優しく叩きながら――キースは詭弁を言うしかない自分の無力さを歯がゆく思っていた。

 そもそも、正教会のトップの一人である自分が、グランチェスタやオードレイの暴走を止められなかったことが事件の発端なのだ。


 それでも自分は――急進派や天使を悪魔だと偽ることで、信じるに値しない今の正教会に、敬虔な信者たちを繋ぎ止めようとしている。

 勿論、神を見失うことで信者たちが失意の底に落ちないことを願ってのことだが――それでも、信徒を偽ることは決して許されるものではないのだ。


 だからこそ――たとえ自らの全てを犠牲にしようと、必ずやグランチェスタの愚行を止めて見せるとキースは誓った。


「……キースお爺様。今、良いかしら?」


 不意に聞こえた最愛の者の声に、キースは思わず頬を綻ばせる。


「おお、クリスタ、カルマ君……それにロウ殿! 無事に帰って来て何よりだ!」


 話をしていた村人に場を外すことを詫びてから、キースはクリスタたちの方にやってきた。


「ガロウナ殿も居るということは……すべて無事に解決したと言うことかね?」


 キースの問い掛けに、カルマは苦笑する。


「まあ……そんなところかな? とりあえず、目先の問題は片付いたよ。明日王都に転移する準備も済んだから、今日のところは終了で良いんじゃないか?」


「だったら……君たちもさすがに疲れただろう? 私が図々しく勧めるのも何だが、皆も一緒に食事を頂いてはどうだろうか?」


「いや……食事の件は有難いけどさ。っていうのは、止めておいた方が良いんじゃないかな?」


 村人が自分たちに向ける恐怖の視線に、カルマは気づいていた。


 彼らの目の前でオードレイを廃人にしたカルマと、天使を殺したクリスタ――それに二本の大剣を背負い凶暴な目つきをしている獣人レジィまで加われば、たとえ自分たちの命を救ってくれたとしても、安らかな気持ちで迎えられる筈もなかった。


「そうね……私が皆の分の食事を後で運ぶわ。お爺様、今夜休める場所を教えてくれる?」


「ああ……そうだね。君たちには大変申し訳ないが……そうしてくれるか?」


 キースが村人と話をして、教会の隣の家を一晩借りることになった。

 そうと決まれば早く移動した方が良いと、カルマたちは足早に立ち去ろうとするが――


「……待って!」


 そう言って進み出たのは、十二、三歳の少女だった。

 いかにも村の子供という垢ぬけない感じのショートカットの彼女は、決意に満ちた円らな瞳で彼らを見つめる。


「……イリア、止めなさい!」


 おそらく親だと思われる村人の声が制するが――イリアは声に背を向けたまま、首を大きく横に振った。


「み、みんなを助けてくれて……あ、ありがとう……」


 深々と頭を下げると、そのまま勢いで捲し立てる。


「きょ、今日泊まって貰うのは、わ、私の家だから……あ、あ、あ、案内するわ!」


「そうか……イリア、ありがとうな」


 真っ先に応えたのはカルマだった――色々な事情を考えて一瞬躊躇ったクリスタと、自分は場違いだと感じていたオスカー。さらにはレジィが変なことを言う前にと先手を打ったのも、カルマが即答した理由の一つだった。


「じゃあ、イリア。早速案内してくれよ?」


「は、はい! ……こっちよ!」


 気さくな笑みを浮かべて歩き出すカルマを、イリアは顔を真っ赤にしながら嬉しそうに追い掛けていく。

 状況的には何とも微笑ましい光景の筈だったが――


(……こういうのも、如何にもカミナギらしいわよね?)


 何故かクリスタは、カルマへの怒りを覚えていた。


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