第83話 決戦の朝


 そして翌朝――


 クリスタは習慣から早朝に目を覚ますと、『浄化ピュリフィケイション』の魔法で身を清めてから、日課である鍛錬を始めた。


 その横で――面白くなさそうな顔で『同族殺し』レジィが片手逆立ち腕立てをする様子は、ある意味で非常に貴重な光景だっだか、辺境の村に二人に注目するような人間はいなかった。


「……おはようクリスタ、それにガロウナ殿……」


 キースは結局、村長の家で夜中まで村人たちと話し込んでいたらしい。

 さすがに眠気など感じさせなかったが、目の下に隈を作って現われた。


「キースお爺様……大丈夫なの?」


「ああ、年のせいでやつれて見えるとは思うが……見た目ほど疲れてはいないよ? それに今日一日が我々の思う通りに進んでくれれば――何よりの癒しになるからね?」


 それから暫くして――オスカーがようやく起きてきた。

 昨日のことに、色々思うところがあったのだろう。一睡もできなかったようで、キース以上にやつれて見えた。


「……ロヴ殿。おはよう」


 キースは年長者として――そんなオスカーの様子に気づかない振りで話し掛ける。


「ああ……ハイベルト殿。おはようございます」


 そんな空気を無視して――


「……けっ! アクロバットマンも、案外だらしねえな!」


 ガハハとレジィが豪快に笑い声を上げた直後に、後頭部に激痛が走る。


「……い、痛ってえな! 何しやがる!」


「レジィ……おまえも良い加減に自嘲しろよな? まあ……馬鹿丸出しのまま一人で生きたいなら、勝手にすれば良いけどさ?」


 戻ってきたカルマは――いつもの調子で何も変わらず、レジィを足蹴にした。


「カミナギ……お帰りなさい……」


 真摯に見つめてくるクリスタに――カルマはしたり顔で笑う。


「ああ、クリスタさん。仕上げは上々だから、何の問題もないと思うよ?」


「そう、カミナギ……期待してるわよ?」


 醸し出される二人だけの世界――


「……コホン! 皆揃ったようだし……そろそろ王都に向けて出発しようか?」


 わざとらしい咳払いで、キースが歯止めを掛ける。

 しかし、クリスタには余り自覚がないようだ。


「そうね? カミナギ……オードレイたちを、そろそろ解放してくれない? このままじゃ王都に連れていけないでしょう?」


「ああ、そうだな」


 カルマは『力場』を解除すると、教会の中に踏み込んで行く。


「おい、おまえら! 魔法を解除したから、さっさと外に出ろよ!」 


 カルマに追い立てられて、教会の中から憔悴し切った感じの修道士たちが姿を現わした。

 一応、食事と水は与えていたが――死刑執行を待つような状態の彼らが、平然と構えていられる筈はない。


 そして一番最後に――カルマは、地面に突っ伏した格好のオードレイを引きずり出してきた。

 

「それじゃあ……皆準備は済んでいるのか? 特に問題なければ、すぐに移動するけど?」


「ちょ……ちょっと待てよ!」


 止めたのはレジィだった。


「あと五分……五分だけ待ってくれよ!」


 必死の形相のレジィに、カルマは意地の悪い顔をする。

 

「ああ、そういうことね……別に五分くらい待ってやるよ。ハートが傷ついたおまえには、心の準備が必要なんだろう?」


「……うっせぇな!」


 文句を言いながらも、レジィは目を閉じて精神統一を始める。

 昨日の転移に自分だけ驚愕したことが堪えたようだ。今度は絶対に驚くかよという意気込みが感じられる。


「カルマ……」


 不意に声を掛けてきたのは、昨日の少女イリアだった。

 彼らのために朝食を運んで来たらしく、両手で大きなバスケットを抱えている。


「よう、イリア。朝メシまで悪いね?」


 気さくに笑うカルマに、イリアは思わずバスケットを落として駆け寄った。


「……もう、行っちゃうの?」


 愁いを帯びた円らな瞳が見上げてくる。


「ああ。俺たちには、まだやることがあるからね?」


「だったら……もうカルマとは会えない?」


「……どうかな? イリアが良い子にしてたら、そのうち遊びに来るかもね?」


「……子供扱いしないで! そんなこと、信じる筈が……」


「いや、本当だって。そんな顔しないで毎日笑ってたら、また遊びに来るからさ? だから……」


 カルマはおもむろにイリアの頬を両手で引っ張った。

 グニグニと頬を動かして、無理矢理笑顔を作らせる。


「……わ、わかったから! カルマ、もう止めて!」


 涙目になって抗議するイリアに、カルマは優しく笑い掛ける。


「約束するよ、イルマ。また会いに来るから」


「うん……」


 イリアからバスケットを受け取って、皆に朝食のパンとチーズを配る。

 クリスタのところにやって来ると――不機嫌そうな氷青色(アイスブルー)の瞳と目が合った。


「……うん? どうしたんだよ、クリスタさん?」


 惚けてはいたが、カルマは不機嫌の理由に気づいていた。

 クリスタは奪うようにパンとチーズを受け取ると、小声で囁く。


「ねえ、カミナギ? どうしてあの子は、貴方のことを『カルマ』って呼ぶのよ?」


「さあね……俺がイリアって呼ぶからじゃないのか?」


 別にイリアに限ったことではなく、本来カルマは人の懐に飛び込むのが上手い。

 オードレイの件で怯えさせていなければ、村人たちとも今頃は打ち解けていただろう。


「まあ……そんなことよりもさ? いよいよ、グランチェスタとご対面だね?」


 カルマが強かな笑みを浮かべると――空気が変わった。

 クリスタは誤魔化された気がしたが、それ以上突っ込まなかった。


「そうだけど……グランチェスタが今日私たちに会うとは限らないわよ?」


 事前に情報を与えると対策を打たれる可能性があるからと、現時点ではグランチェスタにオードレイのことは伝えていない。

 一応、昨夜のうちにグランチェスタのところの修道士に書簡を渡して、面会を求めることは伝えてあるが、先約があると言われればそれまでだ。


「いや、大丈夫……俺が先手を打ったからさ。グランチェスタが相当な間抜けじゃなければ、すぐに会いたいって言ってくると思うけど?」


 自信たっぷりのカルマに、クリスタは苦笑する――そうよね。カミナギは、こういう奴だから。


「おい、レジィ? もう、そろそろ良いだろう? おまえを待ってたら、いつになるか解らないからな?」


「……ぢょ、ま゛っだ……」


 精神統一のことなど忘れてパンとチーズにかぶりついていたレジィは、慌てて残りを口の中に押し込む。


「はい、準備完了と。じゃあ、イリア。もっと俺たちから離れて。そろそろ出発するからさ?」


「う、うん……」


 後ずさるイリアの後方に、バスケットを放り投げる。


「朝メシ、ごちそうさま。ほら、きちんと受け取れよ?」


「な……いきなり投げないでよ!」


 慌てて追い掛けるイリアの後ろ姿を眺めながら――


「またね、イリア」


 カルマは転移魔法を発動させた。


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