第80話 ホントの気持ち
ようやくレジィは我に返ると、勝算について計算を始めた。
「……今の話、本当だろうな? だが、たったの三日……今じゃもう二日半だ。あんたが適当に俺を連れ回したら、それで終わっちまうだろう?」
抜け目なく釘を刺してくるレジィに、カルマはしたり顔で応じる。
「心配するなよ。そんなセコイことするくらいなら、初めから連れて行くなんて言わないさ。期限内でおまえがキッチリ働きさえすれば、活躍できる状況を用意してやるから」
「……了解だ。俺は魔王様を信じたからな?」
念押しすることも忘れない。それだけ本気ということだ。
「カミナギ……貴方ねぇ……」
レジィを連れて行くと決めたことに、クリスタは不満そうだった。何を考えているのよと
「おい『竜殺し』! 俺の交渉相手は魔王様だ。てめえの出る幕はないぜ!」
レジィが先手を打って牽制するが――カルマに頭を叩かれる。
「……い、痛えなぁ! 何しやがる!」
「だから、いちいち突っ掛かるなよ。俺はクリスタさんと話をしてるんだ。それこそ、おまえの出る幕じゃない」
カルマはレジィを放置して、クリスタの方に歩み寄った。
舌打ちするレジィを尻目にクリスタは、だから止めた方が良いんじゃないと言いたげだった。
「クリスタさん、解っているよ。俺もグランチェスタのところにレジィを連れて行くつもりはないからさ」
彼らは今回の天使召喚
グランチェスタの腹心であるオードレイが主犯であるとは言え、廃人と化した彼に上役が指示したと証言させるのは難しいだろう。
だから、グランチェスタと交渉して上手く話を纏める必要があるのだが――そんな場所にレジィを連れていけば何をしでかすか解らない。もし暴力沙汰にでもなれば、クリスタたちの方が犯罪者扱いされかねない。
だからレジィを連れて行くのは問題だが――グランチェスタのところに同行させないのであれば、話が変わってくる。
「そう……だったら、私が口出しする理由はないわね……」
クリスタとカルマは、取引によって一時的に同行しているに過ぎない。
グランチェスタの件が片付いてしまえば、クリスタは白鷲聖騎士団に戻り、カルマは取引によって開放されたアクシアとともに何処かへ行ってしまうだろう。
そもそも――対立から始まった関係なのだ。だからカルマが誰を選ぼうとも、クリスタが何か言える義理はない。
「……ということでレジィ? 明日はおまえの出番はないから大人しくしていろよ?」
「チッ、仕方ねえ。解ったよ……だけど魔王様、約束は忘れるなよ?」
カルマは適当な感じで応じると、再びクリスタに向き直る。
いつの間にかクリスタは考えに沈んでいた。
「……あのさあ、クリスタさん? ちょっと良いかな?」
声を掛けられてハッとするクリスタに、カルマは身ぶりで移動するように促した。
二人だけで広場を囲む森の中に入る。レジィが聞き耳を立てているのはバレバレだったから、カルマは認識阻害を発動させた。
別に聞かれて困るような話じゃないが――下らない詮索されるのは面倒だった。
「……それで、何の話よ?」
少し不機嫌な感じで、クリスタの方から切り出した。伏し目がちにカルマから目を逸らしている。
「クリスタさんにしては、らしくないなあって思ってね? 言いたいことがあるなら言えば良いだろう?」
「……言いたくない」
子供っぽい口調で、拗ねたように唇を尖らせる。こんな表情をしている自覚はないんだろうなとカルマは思った。
クリスタが何を考えて、何に拘っているのか――カルマには解っていた。
「グランチェスタの件が片付いたら、俺たちの取引は終わるけど――それでクリスタさんとの関係まで終わるだなんて、俺は考えてないから」
予想外の言葉に慌てて、クリスタは頬を赤く染める。
「わ、私たちの関係って……何のことよ?」
「あれ? 俺だけ一方的? まあ、良いけどね……」
カルマは戯けた調子で言葉を続けた。
「さっきも言っただろう? 俺はクリスタさんが嫌いじゃないって。つまり、これからも変な気遣いなしで付き合たいって思っているんだ」
屈託のない笑みを浮かべて、クリスタの目を真っ直ぐに見る。
「理屈とか道理とか義理とか、そんな面倒臭いことはどうでも良いからさ? クリスタさんの気持ちを、そのまま言ってくれないか? 少なくとも俺は、そうして欲しいって思ってるよ」
カルマの瞳をじっと見つめて――クリスタは自分の気持ちを正直に伝えようと、必死に言葉を探した。
「……カミナギ。あのね、私……」
それでも思うように言葉が出て来なかったが、『別に急がなくて良いからさ?』という感じでカルマは笑みを浮かべて見守っている。それが――クリスタを何よりも安心させてくれる。
「別に……変な意味じゃなくてね? カミナギがガロウナを連れて行くことに私は反対よ。彼女みたいに人を殺しても何も感じないタイプは、きっと貴方を大きな問題に巻き込むと思うわ」
クリスタも必要であれば人を殺すし、殺すときに躊躇ったりはしない。でも、それは何も感じないからではなく、人を殺して業を背負う覚悟を決めているからだ。
他に選択肢があるのなら、クリスタは殺さない方法を選ぶ。
「ああ、クリスタさんが何を言いたいのかは解るし、俺も無条件でレジィを連れて行こうとは思っていない……何て言うかな? 俺もレジィのことは全部解った上で、ほんの少しだけ感じた可能性を確かめたいと思っているんだよ」
漆黒の瞳が何処か遠くを見つめる。
「だけど、あくまでも薄い可能性だからさ、無理だと思ったら諦めるよ――その為の三日間だ。三日のあればアクシアにも、選ばせることができるからね」
アクシアの名前を語るときだけ――カルマの声から温もりのようなものを感じる。
アクシア本人からも話を聞いているクリスタは、二人の間には強い絆があると確信していた――
「ガロウナのことは……解ったわ。カミナギなりの考えがあるなら、もう止めない……だけど……本当はそれだけじゃ……」
自分でも嫌になるほど、感情を上手く言葉にできないことがもどかしかった。
「あのね……カミナギ? 絶対に笑わないって約束してくれる?」
「ああ、約束する」
即答されてクリスタは少し疑わしく思ったが――カルマは真っ直ぐに自分を見つめていた。
漆黒の瞳に後押しされて――ようやくクリスタは正直な気持ちを口にした。
「……わ、私はね……羨ましかったのよ。カミナギと肩を並べて歩いて行けることが……」
顔を真っ赤にしながら、クリスタはそれでも必死で、カルマから目を逸らさなかった。
「もし……仮によ? カミナギが私を誘ってくれたとしても……私には決して一緒には行けない……あ、別に嫌だとかそう言うんじゃなくて……私には他にやるべきことがあるのよ」
グランチェスタの件が完全に解決したとしても――それで終わりという訳ではない。
依然として続く正教会内部の勢力争いからキースと部下たちを守るため、そして何よりも外敵から一般の信徒たちを守るために――
白鷲聖騎士団団長クリスタ・エリオネスティは、自らの責任を果たさなければならないのだ。
「そうだね……クリスタさんなら、そう言うと思ったよ」
カルマは解っているよという感じで優しく笑い掛ける。
「もし、クリスタさんが本当にそう望んでいるなら、俺が強引に連れ出しても良いけど――そういうのは嫌いだろう?」
「……そうね。私には、そんなことはできないわ……」
はにかむように、そして少しだけ寂しそうに、クリスタは微笑んだ。
「だったら……離れても俺たちの関係は変わらない。それで良いんじゃないか?」
優しく語り掛ける漆黒の瞳が何処までも深くて――クリスタは吸い込まれそうな気がした。
(もし……このまま吸い込まれても……私は……)
このとき――カルマの瞳がクリスタの魂が飲み込んだことに、二人はまだ気づいていなかった。
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