第79話 カルマにとってレジィとは……
「純潔って……ロウ殿? どういうことか説明して貰えるかしら?」
クリスタが怪訝そうな顔で問い掛ける。
「ああ……そうだな。レジィが言った通りだ」
オスカーは真摯な態度で頷いた。
「俺が……レジィの唇を無理矢理奪ったことは間違いない」
クリスタは唖然として、オスカーとレジィを交互に見た。
してやったりという感じのレジィの顔は、とても被害者には見えなかったが――オスカーの口元にある真新しい傷に気がついて、満更嘘でもないかと思う。
「いや、待てよ。おまえたちの間に何があろうと、俺には関係ないだろう?」
大して興味もなさそうにカルマは応えるが――
「俺はてめえと取引したんだぜ? 関係ない筈がないだろうが……俺の傷ついたハートの責任を、どう取ってくれるんだよ?」
レジィのわざとらしい被害者面に、クリスタは大よその状況を察した。キスしたことは事実だろうが、レジィはそれを利用しているに過ぎない。
悪質なやり口よね――クリスタはどうしてやろうかとレジィを睨むが、カルマの視線に気づいて任せることにした。
「レジィ――下らない屁理屈を振りかざすなら、俺もやり方を変えるけど?」
口調はいつもと変わらなかったが、目は笑っていなかった。
(ここが正念場だな……)
レジィにしたって、こんな理屈が通用するなどと初めから思っていない。要するに時間稼ぎができれば良いのだ。
レジィがカルマに抱いているのは、力に対する純粋な興味だった。
口実など何でも良いから、とにかく傍にいて、この化物の力の秘密を暴いて自分のものにしたい。その為に手段など選んでいられるものか。
「なあ、魔王様よぉ……俺だって別に話を荒立てるつもりはねえんだ。一緒に連れて行けば、もう俺たちは仲間だろう? 間違っても、仲間を売るような真似はしねえよ?」
「……だから?」
取りつく島もなかったが、レジィは引き下がらなかった。
「魔王様、そんなツレないことを言うなよ? こいつは、てめえにとっても悪い話じゃないんだぜ……」
琥珀色の瞳でカルマの反応を伺いながら言葉を選ぶ。
「てめえらは天使を召喚してる正教会の親玉を追い詰めるつもりなんだろう? だがな、奴らを追い詰め過ぎると逆効果になるぜ?」
レジィはカルマたちの目的を知らなかったが――正教会の実行部隊の動きは掴んでいたから、大体のことは察しがついていた。『竜殺し』のクリスタが正教会の過激派と対立していることも、眼鼻の利く者なら知っている話だ。
「正教会の急進派を弱体化させれば、今度は『猛き者の教会』の動きが活発になって、余計に血生臭い事件が増えるってことだろう?」
そのくらいはカルマにも解っていた。
半径百キロを超えるカルマの感知領域には、先程の『霊獣憑き』と同じ色で同程度の魔力が複数存在している。
今は奴らも正教会と天使という標的を仕留めるのに躍起になっているが。それが無くなれば、他の人間に矛先を向けることは容易に想像できる。
「……まあ、そういうことだ。頭がおかしい『猛き者の教会』の連中は、結局人間を殺すことしか考えちゃいねえのさ。天使を襲うのだって、その背後に居る人間を殺したいからだ」
何とか表情には出さなかったが――カルマが想像よりも状況を把握していることにレジィは焦っていた。
今必要なのは自分が役に立つと思わせることなのに、カルマはしたり顔で全く響いていない。
「つまり、おまえは急進派をこれ以上追い詰めるなって言ってるんだよな? だけどな……」
「おい、ちょっと待て! そいつは大きな誤解だ?」
再びカルマの台詞を遮って、レジィが食らいつく。
「魔王様……早合点は旨くないぜ? てめえなら『猛き者の教会』の連中を纏めて始末することもできるだろう? 奴らも消しちまえば
だが、森の中に分散してる獣人の巣穴を全部探し出すのは、人間にはちと無理だ。その点……奴らのことを知り尽くしている俺なら巣穴を見つけるのも、巣穴から追い立てるのも御手の物さ」
レジィの説明を黙って聞いていたカルマは、呆れたように言う。
「レジィ……おまえは仲間の獣人を人間に売るのか?」
この瞬間――レジィの態度が一変した。
全身から怒気を噴き上げて、カルマを睨み付ける。
「おい……誰が奴らの仲間だって? ふざけるな!」
レジィはツカツカと歩み寄ると、カルマの襟首を掴んで手繰り寄せる。
レジィは大柄だったから、二人の身長はほとんど変わらなかった。
息が掛かるほどの至近距離から、琥珀色と漆黒の二対の瞳が対峙する。
「良いか、忘れるなよ……俺は『同族殺し』だぜ? 性根の腐った『猛き者の教会』の連中と一緒にするな! もし、同じことをもう一度言いやがったら……幾ら魔王様でも容赦しねえ!」
先程までの駆け引きを全部放り出して捲し立てるレジィに――
(だから……おまえの沸点は低すぎるんだって。自分から交渉を破綻させてどうするんだよ?)
レジィの提案はギリギリ及第点だなとカルマは一応評価していた。
別にレジィの力を借りる必要などなかいが、必死に食らい付いてくる姿には感じるものがある――要するに、多少構ってしまう程度には嫌いじゃないのだ。
(だけど性格というか……生き方がな?)
レジィという人物を、カルマは正確に分析していた。
レジィにとって殺し合いこそが日常だった。命のやり取りをしなければ生きている実感が持てない。正義が勝つのではなく、勝った方が正義であり、トラブルを解決する方法は暴力以外にあり得なかった。
そういう奴は元の世界にも沢山いたが、すぐに目的と手段を履き違えるから関わると面倒なことになる。
だからカルマは自分から積極的に関わろうとは思わなかったが――
さらに面倒臭いことに、まだレジィは
(レジィはオスカーと二度戦って、二度とも殺さなかった……確かに今回は剣という人質があったけど、殺さない程度に痛めつける方法は幾らでもあるだろう?)
堕ちた奴なら、二度も自分に楯突いた格下を決して許したりしない。自分に何かを求めるなら、勝負など挑まずに膝を突いて請えと言うだろう。
しかし、レジィは何だかんだと言って、果敢に挑んで来たオスカーを認めている。その証拠にオスカーを見るレジィの目には、カルマやクリスタに向けるときとは違う色が混じっていた――
つまりは相手を殺して勝つことが全てという殺伐とした感覚以外のモノを、今でもレジィは持っているのだ。
カルマ自身も一歩間違えればそっち側に堕ちていたという自覚がある――カルマが居た世界は、戦い以外何もなかったのだ。
(俺が堕ちなかったのは……単に運が良かっただけだな?)
だからと言って――同じように堕ちて行くレジィを止める気はなかった。
カルマは堕ちなかったことを幸運だと思うが、堕ちた奴らが自分を不幸だと考えるかは解らない。だから、価値観の違う相手に自分の感覚を押しつけるほど、カルマは自惚れていなかった。
そんなことじゃなくて――カルマはレジィ自身に選ばせたかったのだ。おまえは堕ちたいのか? それとも、こっち側に留まって居たいのか――
漆黒の瞳は測るように、レジィを静かに見据える。
「下らないことで、いちいち突っかかって来るなよ。そんなの言葉の綾だろう? 何なら奴らと一緒にしたことを謝ってやっても良いが……
レジィは肩を震わせながら、血が昇った頭で必死に考えを巡らせる。
「……オッケー、解ったぜ。
それでも尚――琥珀色の瞳が執拗に絡んで来る。
「……じゃあ、改めて言うぜ? 俺は必ずあんたの役に立つから、一緒に連れて行ってくれよ!」
今さらなことはレジィにも解っていたが……足掻かずにはいられなかった。
「ふーん、解った。とりあえず三日だけな」
そんなレジィが拍子抜けするほど、アッサリとカルマは応じた。
「最初に話した三日のうちに、おまえの実力を証明してみせろよ? 本当に役に立つことが解ったら、その後のことを考えてやっても良い」
まだ呆然としているレジィに、カルマは揶揄うように笑い掛けた。
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