第76話 オスカーとレジィの本音

 カルマたちが村へ向かうために転移した直後まで時間を遡る――


 三人が突然消えたことに、さずかにレジィも驚いたが――すぐに望むべき状況になったなと、舌なめずりをする。


「おい……おまえの頼みの連中は居なくなったぜ? てめえ一人で、本気で俺と殺し合うやりあうつもりかよ?」


 レジィは嘲るように犬歯を見せて笑うが――オスカーは挑発に乗らなかった。

 灰色の隻眼で真っ直ぐにレジィを見つめる。


「ああ、『同族殺し』……俺はもう一度おまえと戦うために、ここまでやって来たんだ」


 燃え上がる感情を内に秘めた感じで、オスカーは淡々と告げた。


「へえ、そいつは光栄だな? その代価として……アクロバットマン? てめえには嫌になるほど血反吐を吐かせてやるぜ!」


 レジィは折れた二本の大剣を収めた鞘を、数メートル先に放り投げる。

 乱暴な扱い方だったが、レジィなりにこれ以上剣を壊さないようにと考えたのだ。


 そんな様子をオスカーは眺めながら――自分も剣を彼方へと投げ捨てた。


「おい、てめえ……どういうつもりだよ?」


 レジィの琥珀の目が鋭くなる――噴き出す怒りに空気が震えるようだった。


「悪いが、誤解しないでくれ。俺だって、おまえの方が遥かに強いことくらい承知している。だけど――対等な条件で戦わないと、俺にとっては意味がないんだよ!」


 真摯な眼差しで、オスカーは自分の想いを伝えようとする。

 そんな風に感情を真正面からぶつけられて――レジィは不敵に笑った。

 

「……ことかよ。てめえもイカれてやがるな! だが……本当に良いんだな? 獣人と人間じゃ見た目は大差ないが『生物イキモノ』としての強さは段違いだぜ?」


 レジィは重心を落として、両手の爪を横向きに立てて構える。

 獣人特有の鋭い爪はそれだけで十分武器になるが――レジィが魔力を通した爪は金属鎧すら容易く切り裂く凶器だった。


「そのくらい……俺だって解っているさ!」


 オスカーはレジィを見つめて深く頷く。


「良いだろう。おまえの覚悟に付き合ってやるよ!」


 人差し指で手招きする姿は、まさしく獲物を待ち構える獣そのものだった。


「ほら、掛かって来いよ……アクロバットマン!」 


「……ああ、そうさせて貰う!」


 オスカーは左右に動きながら、レジィとの間合いをゆっくりと詰めた。

 日が落ちて暗くなりつつある森の中で――五感を研ぎ澄ましてタイミングを計った。


(……!)


 踵に魔力を集中させると、オスカーは一気に加速する。風を切る左上段の蹴りで、レジィの首筋を狙った。


「何だよ……眠たい蹴りだな」


 レジィは余裕で足を掴もうとするが――それは囮だった!


 オスカーは空中で蹴りを止めて強引に引き戻すと、その反動を利用して身体を回転させながら、逆側の蹴りを叩き込んだ。


 しかし、それにもレジィは反応した。左腕で蹴りを防御すると、至近距離からオスカーの脇腹を爪で引き裂こうとするが――


 オスカーはを蹴って後方に大きく跳ぶことで、ギリギリのタイミングで躱した。


 ――『同族殺し』に敗れてからオスカーは、自分が敗れた原因を徹底的に分析した。


 魔力の強さとか、技術とか俊敏さとか威力とか……数え上げればキリがないとほど『同族殺し』とオスカーには差があった。

 しかし――その差を埋めることが絶対に不可能だとは思わなかった。


 戦闘において、相手との差を埋める方法は意外なところにある。

 ほんの小さな条件の違いでも、使い方次第では劇的に状況が変わるのだ。

 それが――オスカーにとっては空中に『壁』を作る魔法だった。


 機動性を信条とするオスカーの戦闘スタイルにおいて、自由に足場を作れることは大きなアドバンテージになる。

 しかし、そもそもオスカーは魔法が苦手だったが――自分の戦い方を生かすために『壁』を作る魔法だけは必死に習得したのだ。


 その甲斐があって、今では足場くらい瞬時に作れるようになった。

 あとは接触面に魔力を集中して反発力を生み出せば――これまで不可能だった動きも、限界を超えた速度に達することも可能となった。


「相変わらず……いや、前にも増して無茶苦茶な動きだな!」


 レジィは好戦的な顔で笑う。


「良いねえ! もっともっと、俺を楽しませてくれよ!」


「……ああ。徹底的に付き合ってくれ!」


 それから――二人は戦うことを楽しんだ。


 レジィにとってオスカーのパワーは物足りなかったが、その戦いっぷりは決して馬鹿になどできなかった。


 レジィ―の攻撃が一発でも直撃すれば――オスカーの身体は肉片と化すだろう。

 なのに、そんな恐怖にも一切なく怯えることなど、オスカーは果敢に攻撃を繰り返す。


「なるほどな……てめえって奴は本当にイカれていやがる!」


「そいつは、お互い様だろう!」


 この瞬間――オスカーはレジィの懐に飛び込んだ。


 普通に考えれば、それは余りにも無謀な行動だった。機動性を頼りとするオスカーも、この距離では避ける間もなく捕まってしまう。力勝負となれば、最早オスカーに勝機などないのだ。


(……何が狙いだ?)


 まさか何の策もなく飛び込んで来る筈がないと、レジィは一瞬躊躇った。

 それこそが、オスカーの狙いだと気づかずに――


「……してやったぜ!」


 袖口に隠し持っていたナイフをレジィの首元に突きつけながら――オスカーは笑った。


「おいおい……同じ条件で戦わないと意味がないんじゃないのか?」


「悪いな。それが騙し撃ちブラフなんだよ……『同族殺し』を追い詰めようと思ったら、手段を選ぶ余裕なんてないからな」


「そうかよ……やるじゃねえか!」


 レジィは心から――この戦いを楽しんでいた。

 

 たとえオスカーがナイフを突き刺したとしても、レジィの皮膚を貫くことはできないだろう。魔力を通すだけで、彼女の身体は鋼鉄に変わっていた。それでも――


 自分をここまで追い詰めたオスカーという男を、『戦闘狂バトルジャンキー』レジィは気に入っていた。だから――不躾な力押しで全てを終わらせるのは惜しいと思って、オスカーの好きにさせているのだ。


 しかし――レジィの想像力は、何処まで行っても『戦闘狂』のそれだった。戦いに関すること以外は、全く考えていなかった。


「レジィ・ガロウナ……」


 いきなり抱きしめられて――オスカーが何をしたいのか全く理解できなかった。


「おい……てめえは、いったい何を考えていやがる?」


 ドスを利かせた不機嫌な声に――オスカーはさらに力強くレジィを抱きしめると、唇を奪った。


 レジィは一瞬だけ呆然として――オスカーの唇を噛みった。


「……ッ!」


 痛みに顔をしかめるオスカーの顔を、レジィは血肉を吐き捨てて睨みつける。


「てめえは……俺に殺されたいのか?」


 しかし――脅しなどオスカーには効果がなかった。


「おまえになら……殺されても構わない!」


 熱の籠った眼差しで真っすぐにレジィを見つめる。


「俺はずっと知りたかったんだ――あのとき。おまえがどうして俺を見逃したのかって!」


 オスカーが叩きつけてくる怒涛の感情に、レジィは顔をしかめる。


「おいおい、てめえは頭に蛆が湧いたのかよ? 全然意味が解らねえな?」


 罵声を浴びせても――オスカーは揺るがなかった。


「たぶん、ただの気紛れだろうって俺も思ったけど……それでも、少しは俺のことを気に掛けてくれたんじゃないかって……俺はおまえの本当の気持ちを知りたかったんだ!」


 どこまでも真っすぐに見つめられて――レジィは言葉を失った。


「俺は……何者をも恐れず、戦いの中に生きるおまえを愛している!」


 それは――レジィ・ガロウナにとって余りにも馴染みのない言葉だった。

 そして――戦場には場違いな言葉でもある。


「おいおい……愛してるだと? てめえは教会の回し者か?」


「いや……そう言われるとは思わなかった。だったら、別の言葉で言い直そう。俺はおまえのことが――}


「だ・か・ら、そういうのは気持ち悪いって言ってるんだよ!」


 レジィはいきなり、オスカーを殴り飛ばした。


 背中から地面に叩きつけられて――オスカーは土塗れになって立ち上がる。


「ああ……そうだよな? そう言われることくらい俺にも解っていたさ……」


 オスカーは暗くなった空を見上げると――やり切った感を出して笑った。


「だから俺は……」


「だから? ……だから何だって言うんだよ?」


 吐き捨てるような言葉に、オスカーは驚いてレジィを見る。


 レジィ・ガロウナは――犬歯を剥き出しにして笑っていた。


「俺が何と思おうが――てめえは、てめえの好きなようにやれよ! そうじゃなきゃ……面白くも何ともねえだろうが!」


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