第77話 レジィとの約束


 それからの時間を――レジィとオスカーは気まずい雰囲気の中で過ごした。


 オスカーは『同族殺し』に対する自分の想いが、強者に対する憧れだとずっと思ってきた。しかし、実際に再戦してみて――それが全く別の感情だと自覚したのだ。


 ようやく自覚した想いをオスカーは全身全霊を込めてレジィにぶつけて――そして見事に玉砕したのだ。


 それでも、今まで抱えていた鬱屈とした感情の正体が解り、そんな自分の素直な気持ちをレジィに伝えられたことで、オスカーは満足感を覚えていた。


 レジィと再戦して――オスカーは形はどうであれ一矢報いることができた。だからレジィも、自分のことを多少なりとも認めてくれたのだ。そう思えたから――オスカーは自分の全てを賭けてレジィに告白した。


 しかし――結局レジィにとってオスカーはの存在だったのだ。


 戦いの最中、レジィは一度たりとも本気にならなかった。オスカーのことを面白い奴だとは思っていても、本気で倒すべき相手と認めていないのだ――そんな命のやり取りをしようとも思わない相手の想いを『同族殺し』レジィ・ガロウナが受け入れる筈もない。


 レジィに殴り飛ばされて背中から地面に叩きつけられた瞬間――オスカーはそれを悟った。

 だから、先ずはレジィに対等だと認められるだけの強さを手に入れるまでは、自分の想いを封印しようと決めた――その筈だった。


 しかし――最後にレジィが言った言葉が、今もオスカーを悩ませているのだ。


『誰が何と思おうと――てめえは、てめえの好きなようにやれよ! そうじゃなきゃ……面白くも何ともねえだろうが!』


(あれは……どういう意味だったんだ? 俺はレジィに拒絶されたんじゃないのか?)


 一度は諦め掛けた想いが、希望を抱かせる言葉に再燃する。その言葉だけを聞けば、オスカーのことを肯定しているとしか思えなかった。


(本当のところ……おまえはどう思っているんだよ?)


 最後の言葉の意味を――オスカーはレジィに直接問いただしたかった。

 しかし、不機嫌な顔で離れて場所に座るレジィは、とてもそんなことを訊ける雰囲気ではなかった。


※ ※ ※ ※


(……おいおい。俺は何を血迷って、あんな糞恥ずかしい台詞を言ったんだよ?)


 勢いで言ってしまった言葉を――レジィは後悔していた。


 言葉そのものはレジィの本音だ。『愛してる』なんて気持ちの悪い台詞にはムカついたが、それ以上に簡単に諦めようとするオスカーに腹が立ったのだ。


 だから、思わずガラにもない台詞を吐いてしまったが――正論を大声で他人に言い聞かせるなんて、何処の偽善者だよとレジィは思う。


 レジィは・ガロウナは誰にも縛られないし、誰かを縛る気もない――気に喰わない相手なら眠たいことを言う前に、今すぐ殺してやるよとレジィは本気で思っている。


 それでも――オスカーを殺したいとは思わなかった。

 こんな弱いくせに、必死に戦いを挑んで来る奴なんて――


「ホント……てめえにはイライラさせられるぜ!」


 レジィは横目でオスカーを見ながら、吐き捨てるように小声で呟く。

 面倒な奴に引っ掛かっちまったなと舌打ちするが――


 自分の心が掻き乱される本当の理由を、レジィは自覚してはいなかった。


※ ※ ※ ※


 辺りはすっかり暗くなって、森は闇の中に沈んだ。

 広場にいる二人だけが、夜空に浮かぶ銀色の月明かりに照らし出される。


 オスカーはさり気なくレジィの方を伺っては、話し掛けるタイミングを探していた。

 しかし、レジィはずっと不機嫌で、オスカーの視線に気づくと殺意の籠った眼差しで睨み返して来る。


 そんな感じで――時間は嫌になるくらいゆっくりと流れていた。


「おい……さすがは化物らしい登場の仕方だな?」


 突然闇に響いたレジィの声にオスカーは一瞬驚いたが――すぐにその理由を知る。


「へえ……レジィ。おまえも意外と悪くない感覚をしてるんな?」


 姿を消したときと全く同じように、カルマは唐突に姿を現わした。


 勿論、レジィの声が聞えていたのだから、たった今転移してきた訳ではない。

 転移と同時に認識阻害を発動させて、二人の様子を伺っていたのだ。


 しかも――少しずつ認識阻害を解くことでカルマは、レジィの反応を探っていた。


「てめえ……相変わらず、俺を舐めた口を利きやがって……」


 カルマの意図に気づいて、レジィは憮然とした顔で立ち上がるが――


「あのねえ……話が進まないから、いちいち喧嘩腰になるのは止めてくれる? それにカミナギも……今回は貴方の方が悪いわよ!」


 クリスタが呆れた顔で二人の間に割って入る。


「そんなことよりも……ロウ殿が納得できるような形で決着は着いたの?」


 別に意図した訳ではないが――クリスタはカルマと一緒に姿を隠して二人の様子を眺めていたのだ。だから、二人が放つ雰囲気が先ほどまでと違うことには気づいていた――何というか、気まずさを感じる嫌な空気が漂っている。


 だから、二人きりで放置したことが芳しい結果に繋がったとは思わないが――このまま先延ばしにすることに意味はないからと、あえて直球で切り込んだのだ。


「ああ……そうだな。とりあえず、俺の目的は果たすことができた。だから……少なくとも俺は、自分がやったことを後悔してない」


 一言一言を噛みしめるようにオスカーは言った。


 それに対して――レジィは面倒臭そうに頭を掻いた。


「……なあ、その話はもう良いだろう? それよりも――俺は約束を果たしたぜ? だから、てめえも俺の剣を直すって約束を果たせよ!」


 レジィの琥珀色の瞳がカルマを挑発する。


「まさか……期限は三日あるから剣を直すのはその後だなんて、ケチ臭いことは言わねえよな?」


 カルマはしたり顔でレジィを見る。


「ああ、そうだったな……良いよ。今すぐ直してやる」


 あまりにも気楽に応じるカルマを、レジィは訝しんでいた。

 しかし、そんなことな全くどお構いなしでカルマは煙草を咥えて火をつけると、レジィの方に手を差し出す。


「ほら、直してやるって言っているんだからさ? さっさと剣を寄こせよ」


 何処までも適当な感じのカルマをレジィは警戒するが――


「てめえ……適当なことをやりやがったら、只じゃ置かねえからな!」


 結局、他に選択肢はないのだ。躊躇いを振り払うようして、レジィは二つの剣を鞘に入れたままカルマに渡した。


「はいはい、解ってるから――」


 カルマは煙草を咥えたまま鞘の結び紐を解くと、それぞれの剣の折れた箇所を繋げるように並べた。そして――


「え……」


 ほんの一瞬だけ輝いたかと思うと、まるで手品のように二本の大剣は折れる前の姿に戻っていた。


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